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表紙

緑の騎士 -9-
 礼拝堂の中へ入ると、マリアンネはすぐ祭壇の前で膝を折って短い祈りを捧げた。
「神様の名を使って回りを欺いて、申し訳ありません。 でも、これで御許へ行けます。 すぐ計画を実行します!」


 立ち上がったマリアンネが向かったのは、祭壇の右手にある納骨室だった。 扉のない長方形の入口から入ると、アスペルマイヤーの先祖歴々の石棺が、静まり返って並んでいた。
 埃と枯れた花の匂いがする長い部屋を、マリアンネは忍び足で進んだ。 そして、小さな窓から洩れるわずかな光を頼りに、間もなく目的の棺を探し当てた。
 それは、特に古びて角の欠けた砂岩作りの棺だった。 蓋には、手を組み合わせて横たわる鎧武士の浮き彫りがほどこされていた。
 その蓋はどっしりしていて、重々しかった。 とても女の力で持ち上げられるようには見えない。
 しかし、マリアンネは迷わず、近くの壁にかかった古い槍を下ろして、棺の欠けた角に柄を差し込み、グッと押した。 すると、蓋はあっけなく開いた。
 中から風が吹き上げてきて、整えたばかりの髪を散らした。 暗がりに目が慣れると、狭い階段が下へ通じているのが見えてきた。
 マリアンネはスカートを持ち上げ、棺に見せかけた秘密の階段に素早く潜り込み、意外に軽い蓋を頭上でそっと閉めた。


 この緊急通路は、代々アスペルマイヤーの家族しか教えられない。 ヤーコブも、まさかマリアンネが知っているとは夢にも思わないだろう。
 彼女がこの存在を知ったのは、ヨアヒム達と遊んでいたときだった。 どこに隠れようかとうろうろしていると、部屋の窓から見ていたマリアがわざわざ降りてきて、耳打ちしてくれた。
「礼拝堂の中にある、腕を組んだ兵士の棺は、中に入れるわ。 納骨室だから、ちょっと怖いけど」
 あの日、自分はいくつだっただろう。 十? それとも十一? まだ人生は曇りなく、遊び仲間の一人が未来の夫になるのだと、漠然と考えていた頃だった。


 階段は短く、すぐに下り終わって土の地面に着いた。 漆黒の闇だ。 でも幸い、道は知っていた。 敵を撹乱〔かくらん〕するため枝分かれさせているが、左の壁をどこまでもたどっていけば、城の外に出るはずだ。
 慎重に壁を伝って、マリアンネは進んだ。 三分ほど歩いた後、ゆるやかに曲がった角を抜けると、不意に夕暮れの柔らかい光がまだらに差し込んできた。
 その一分後、マリアンネは、深い草むらに覆われた小さな洞窟から、ごそごそと森に這い出した。






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