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表紙

緑の騎士 -8-
 またアガーテのいる部屋へ戻ると、マリアンネは腹部を押さえて、弱々しい声で囁いた。
「あまり驚いて、胃が引っくり返りそうよ。 お願いだから、カミツレのハーブティーを貰ってきてちょうだい。 台所のカルラおばさんが作れるわ」
「取りに行っている間に逃げようなんてしませんね?」
 アガーテは念を押した。
「しないわよ。 こんなに気分が悪いのに」
「まあ、逃げられませんけどね」
 廊下につながる戸口を出たところで、アガーテは内懐から鍵束を取り出し、ニッと笑って扉を閉めた。 間もなくガチャガチャと鍵を下ろす音が聞こえた。

 これで第一弾の逃亡計画は挫折した。 でも、まだ次がある。 だから、十分後にアガーテがコップを持って急いで上がってきたとき、落ち着いて窓際に膝をつき、頭を垂れて祈っていた。
 薬草の茶を飲み終わってから、マリアンネは真剣にアガーテに頼んだ。
「ここでは集中できないわ。 礼拝堂に篭もってお祈りを捧げたいの」
 アガーテは困った。
「ここにいてもらうようにと、ヤーコブ様がきついご命令なので」
「礼拝堂のどこが悪いの? 正面玄関しか出入り口がないから、ここよりもっと安全よ。 ねえ、アガーテさん」
「アガーテと呼び捨てしてください」
 アガーテは、きりっとした口調でたしなめた。
「これまでは、下働きの真似をしても許されました。 でも、もう貴方はマリアンネ様……いえ、マリア姫なのです。 侍女に敬称をつけるなんてもっての外です。
 マリアンネとマリア。 名前が似ていてよかったですね。 新しい名前にすぐ馴染〔なじ〕めますよ」


 それでも、根が親切なアガーテは、ヤーコブのところへわざわざ訊きに行って、翌朝まで礼拝堂を使う許可を貰ってきてくれた。
 マリアンネはホッとして、心から礼を言った。 城の端にある小さな礼拝堂に入ること。 それが脱出の必要条件だったのだ。


 持ってきた黒いマントをマリアンネにすっぽり被せると、アガーテは先に立って、裏階段から礼拝堂に向かった。
 アガーテは、一緒に中へ入ると言い張ったが、マリアンネは許さなかった。
「ひとりで神様にざんげしたいの。 出家の誓いを立てていたのに、心ならずも破ることになったお詫びをするんだから」
 誓いは重要なことだ。 アガーテはマリアンネの思い通りにさせることにして、外に引き下がったが、礼拝堂の扉にしっかりと横棒をかけるのは忘れなかった。






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