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表紙

緑の騎士 -6-
 マリアンネは、アガーテの逞しい腕で、ヤーコブのいる小部屋へ押し出された。
 窓際に立ち、難しい顔で外を眺めていたヤーコブは、扉を開く音に振り向いてマリアンネを眺め、相好を崩した。
「よし、どう見てもさっきまでのむさくるしい小娘とは別人だ。 それに、充分マリアに似てきた。 よくやったぞ、アガーテ」
 アガーテは嬉しそうに深々とお辞儀した後、扉を閉めて兄と妹を残した。


 マリアンネは、長くなったスカートの裾さばきを気にしながら、ヤーコブに近付いた。
「なぜ三人の騎士をわざわざ呼んだんです?」
「嫁ぎ先でおまえの護衛をさせるためだ。 あいつらは仲良しだし、見かけより信用できる」
 マリアンネは情けなくなった。 彼らがそんな任務を喜ぶはずがないのだ。
「気の毒だわ。 シギスムントには恋人がいるのに」
「なに、特別手当をはずめば、喜んで承知するさ。 いい結婚資金になる」
 ヤーコブは意に介さなかった。 そして、逃げないように妹の肘をしっかりと握ると、さっと大広間に通じる扉を開いた。


 待っていた三人は、大変身したマリアンネが現れても、予想したほど驚かなかった。 シギスムントがちょっと微笑んだくらいで、ヨアヒムはチラッと見るとすぐ、つまらなそうに床へ目を落としたし、ディルクときたら、ヨハネの洗礼を描いた壁の絵から視線を外そうとさえしなかった。
 ヤーコブは脚を開いて堂々と立ち、三人を順々に見渡した。
「この中で、嫉妬深い恋人を持つ者はいるか?」

 予期せぬ質問に、三人の若者は顔を見合わせた。
 真っ先に、シギスムントがあやふやな声で答えた。
「いや、私のダニエラは聞き分けのいい娘で」
 次にヤーコブの視線を浴びせられたヨアヒムは、粗末なマントを体に引き寄せ、面白くなさそうに言った。
「金がないと、女は寄ってきません」
「そうか。 おまえはどうだ?」
 ヤーコブの問いは、ディルクに向けられたものだった。 ディルクは、器量よしと言われるシギスムントやヨアヒムに見た目が劣るとは思えないのだが、なんとなく女性に敬遠されていた。 話しかけにくい、というのがもっぱらの評判だった。
 鹿を思わせる茶色の眼をいぶかしげに向けて、ディルクは答えた。
「恋人はいません。 今のところ」
 ヤーコブはほっとした。
「さっき伝えた通り、この娘をマリアの身代わりにするつもりだが、一つ困ったことがわかった。 男を知らないのだ」
 ディルクは、まったく無表情なままだった。 一方、ヨアヒムは目をぱちくりさせた。 自分でついた悪態を、すっかり忘れていたようだ。
 ヤーコブは話を続けた。
「それで、おまえたちの誰でもいい、手ほどきしてやってもらいたい。 城を出立するまでの二、三日でいいのだが」


 若者たちの視線が、ヤーコブに釘付けになった。 さすがにディルクもだ。
 説明し終えると、ヤーコブはすぐマリアンネを振り向いた。
「ここはおまえに選ばせよう。 どうせ一時のことなのだから、気楽にな」






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