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表紙

緑の騎士 -5-
 ヤーコブは、腹違いの妹をまじまじと見つめた。
「なんと! 本当か?」
 マリアンネは大きく頷いた。
「はい、そうです」
 あきれて、ヤーコブは何度も首を振った。
「そこまで固く操を守るとはな。 好きな男はいなかったのか?」
「いないわ」
「本気で神の花嫁になる気だったのか」
 浅く溜め息をつくと、ヤーコブは決断した。
「では、誰か練習台になってもらおう。 ちょうど三人呼んである。 口の堅いのをな」
「あの……」
 ぎょっとして、マリアンネは小窓のほうへ体をすさらせた。
「ヨ……ヨアヒムたちのこと?」
「その通り。 あいつらが嫌なら他を当たってもいいが、幸い三人とも条件に叶っている。 彼らはみな、落ち着いた茶色の髪だ。 ギュンツブルク伯も濃いめの茶髪なんだ。 だから、予行演習で万一子供ができた場合でも、疑われないですむというものだ」
「ちょっと……」
「善は急げだ。 すぐ顔を洗って着替えなさい。 ここの続き部屋に用意させてあるから」
「でも……」
「行け!」


 ヤーコブは慎重な性格だが、一度言い出したら後へ引かない。 なすすべなく、マリアンネは入ってきた扉と反対側についているアーチ型の扉を開けた。
 そこには、古参の侍女のアガーテが待ち構えていた。 マリアンネの素性を知っている数少ない人間の一人だ。 アガーテは、どこか心配そうな顔で、戸口に立ったマリアンネを強引に部屋へ連れこんだ。
「さあ、この薄い灰汁で顔を拭いて。 こんなに汚して情けないですよ、先代様のお嬢様ともあろうお人が」
「私は認知されてないわ」
「それは運命のいたずらです。 あなたのお母様が結婚した後で、先代様のお子を宿しているのがわかったんですから。 大きな声ではいえないけれど、よくあることです」
 ハースの父は認知してくれた。 そして、母が亡くなった後も、実子として大事に育ててくれた。 マリアンネがラテン語とイタリア語を読み書きできるのは、父が手ほどきしてくれたおかげだった。


 顔をよく洗い、すすいで化粧水をつけると、マリアンネは見違えるようになった。 アガーテはそれでも満足せず、バランスを見極めながら眉の毛抜きを始めた。
「こうやって形を整えると、ほら、すっかり垢抜けしました。 見てごらんなさい。 これは最新流行のガラス鏡です。 驚くほどくっきり見えますよ」
 マリアンネは銀の手鏡を渡され、顔を映した。 とたんに、グフッとなってしまった。
「いやだ……ほんとにマリア姫に似てる」
「眉をそう作りましたからね。 髪も、ここで結んでこう垂らすと、そっくりになります」
 手びねりで立派な陶器を作り出した職人のように、アガーテはマリアンネの周囲を回って検分し、新しく着せたドレスを引っ張って皺を取ったり、袖口のレースを直したりした。
「はい、これぐらいやれば、まあいいでしょう。 ヤーコブ様がお待ちかねですよ」






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