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表紙

緑の騎士 -4-
 マリアンネの眼が、驚きで真ん丸になった。
 まさか、あのおとなしい泣き虫のマリアが、そんな大胆な真似を?
 首を振りながら、ヤーコブは嘆いた。
「油断した。 昔からわたしに逆らったことがなかったから、今度も言う通りするはずだと決めこんでいた」
「相手は?」
「家来の騎士の一人らしい。 金髪の大男で、コーエンの地では美貌で知られていたようだ」
 夢見がちな、いかにも乙女らしい乙女だったマリア。 マリアンネを図書室へこっそり引き入れて、物語の本を読んでくれとせがんだものだ。 二つ年上だが、まるで妹のようにマリアンネを頼っていて、よく相談を持ちかけてきた。

 机をもう一度叩き、ヤーコブは渋面になった。
「ギュンツブルクとの縁談は、本決まりになっている。 相手は準備を整えて、花嫁の到着を待つばかりだ。 肝心のマリアが消えたではすまされない。 破談は、立派な戦争の口実になってしまう」
「では、探し出して連れ戻せば?」
「間に合わない! 式は五日後で、前日には向こうに着いていないと!」
 そろそろ兄の言いたいことがわかってきた。 マリアンネは、もう二歩下がり、じりじりと扉に近付いた。
「いやよ」
「まあ話を聞け」
「いやです。 私を身代わりにするつもりなんでしょう? そんな危険なこと!」
「いいか、結婚は同盟なんだ。 そして、花嫁は間者(=スパイ)でもある。
 おまえはマリアにそこそこ似ているし、あいつより頭がいい。 そして、我らと血が繋がっている。
 おまけに何より有利なのは、おまえがそんな変装をしているせいで、本当の顔を知っている人間がほとんどいないということだ」

 来るはずのない助けを求めて、マリアンネの視線が小部屋をさまよった。
 不覚だった。 煤〔すす〕と木灰で顔をくすませ、眉をボサボサに描いていたのは、男よけの作戦だった。 それがこんな、とんでもない結婚に追いやられる原因になるなんて……。
 青くなっているマリアンネの前で、ヤーコブは指折り数えていた。
「わたしが二十七だから、マリアは二十四、すると、おまえは二十二になるんだな」
「ええ」
「未亡人とすれば、まだうら若い。マリアは六年嫁いでいて子を生さなかったが、おまえは大丈夫だろう」
 大丈夫って…… マリアンネの指がわなわなとスカートを握りしめた。
「だから、無理ですって」
「無理でも、行け! これは命令だ」
 ついに癇癪〔かんしゃく〕を起こして、マリアンネは叫び返した。
「六年も結婚していたはずの女が処女だったら、相手はどう思います?」







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