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そっと逃げ出そうにも、シギスムントの目が光っている。 マリアンネはおとなしく、主な居城になっている中央閣の階段を上った。
らせん階段の薄暗い空間を上りきって大広間に入ると、一転して明るい光が眩しいほど部屋中を照らしていた。
巡礼たちが宿を取り、土産を買って、金を落としてくれるおかげで、このブライデンバッハ国は狭いが豊かだ。 税の上がりで、ブライデンバッハ伯爵ヤーコブ・アスペルマイヤーの懐も暖かい。 城の改築は順調に進み、大広間には高価なガラス窓がふんだんに使われていた。
広間の端には、ディルクとヨアヒムがたむろしていた。 例の灰色マントを体に巻きつけたヨアヒムは、シギスムントに連れられて入ってきたマリアンネを見ると、忙しくまばたきして視線を逸らした。 なんだか気が咎めているようだった。
「こっちだ」
シギスムントに促されて、マリアンネは、広間の突き当たりに二つある扉の右のほうをノックした。 すると、中からすぐ、ヤーコブの声が響いてきた。
「入れ。 マリアンネだけだ」
「はい」
シギスムントは引き下がり、マリアンネは一人で、鋲を打ちつけた重い扉の中に歩み入った。
ヤーコブは、どっしりした机に浅く腰掛け、茶色のタイツをはいた脚を組んで前に伸ばしていた。 金糸で縁取った白いブラウスの上に、どっしりした綾織の黒い長衣をまとっている。 高価なその衣装と並ぶと、色あせたマリアンネの胴衣とスカートは一段とみすぼらしく見えた。
ヤーコブは、ぼさっとしたマリアンネをじろじろ眺め、溜め息をついた。
「まだそんな真似をしていたのか」
そして、手招きしてマリアンネを近寄せ、懐から刺繍のついたハンカチを取り出すと、いきなり彼女の顔をごしごしと拭いた。
手の動きにつれて、注意深く塗りつけたかまどの煤と木灰がはがれ落ちた。 むらになった模様の下から、白く輝く肌色が現れた。
一分ほど我慢した後、マリアンネはヤーコブの手を押しのけた。
「やめてください。 そんなにこすったら痛い」
「じゃ、自分で顔を洗え」
「ほっといて。 私には私の計画があるんだから」
「わかっている。 隙を見て逃げ出して、修道院へ入るというんだろう? 駄目だ。 何度も言った通り、そんな真似は許さん。 必ず追っ手をかけて連れ戻すからな」
作戦を変えて、マリアンネは腹違いの兄の手を優しく取った。
「私がいたら騒ぎの元よ。 城を出ていくほうがお互いのため」
「それが違うんだ」
日に焼けたマリアンネの指を見ながら、ヤーコブは短く鼻息を立てた。
「おまえがこの国を救うかもしれない。 いや、おまえしか救えないかもしれない。 だから呼んだんだ」
マリアンネは、ヤーコブの手を離すと、一歩下がった。 胸騒ぎはいよいよ激しくなった。
「冗談ばっかり」
「この上なく本気だ」
机をポンと一度叩いて立ち上がり、ヤーコブは重々しく尋ねた。
「マリアをフェルトホフ城から呼び戻したのを知っているな?」
「ええ」
「それが、新しい縁談のためだとも?」
「ギュンツブルク伯と再婚するんでしょう?」
「そうだ」
日頃冷静なヤーコブの声が、そこで突然上ずった。
「だがマリアの奴、途中で駆け落ちしよったんだ!」
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