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表紙

リネットの海  77


 遠くを夢見るような眼になって、シャンタルは語った。
「あのね、もうリンちゃんは大人だと思うから話しちゃうけど、殿方って頭と体が分離してる人が多いの。 奥様のことを愛していると口では言っておきながら、外の花を追いかけずにはいられないって人がね。
 でもマーカスは違う。 奥様一筋で、いつもここに」
と、胸を叩いて、
「しまってたわ。 気持ちの深いところで結びついているのがよくわかった。
 だから好きなのよ、マーカスが。 とことん誠実だから」
 そこでシャンタルは眼を伏せて、いたずらっ子のように笑った。
「そういう自分はどうなのかってことよね。 言い訳はしないわ。 ただ、女優が私の天職なのはわかって。
 私はね、子供の頃から、舞台に立つことだけを目指して生きてきたの。 そのためには、何だってやったわ。 おとなしく家に入って、コックに肉やスフレの焼き具合を指図する生活なんて、私には無理」
「でも、パーシー卿は……」
「そこなのよ」
 後れ毛をなでつけて、シャンタルは少し気弱な表情になった。
「実をいうとね、アントンがいなくなって、なんだか心細くなったのは事実。 あの子はしっかり者だから、いつの間にか頼ってたのね。
 それで、とうとう決心したわ。 パーシーと私、婚約したの」
えっ? リネットはソファーから飛び上がりそうになった。
「すごいですね!」
「そうかしら。 でも女優を止めるわけじゃないのよ。 それじゃ爆発しちゃうわ。 少しは仕事をセーブするつもりだけど」
「だからパーシー卿はあんなに楽しそうなんですね! 昨日なんて鼻歌うたってましたよ」
「ええ……」
 今更ながら心配になってきたらしく、シャンタルは半分ほどの年のリネットに、きゅっとすリ寄った。
「大丈夫だと思う? 演技しか知らない私に、子爵夫人が務まるかしら」
「大丈夫ですよ。 こんなゴージャスな奥方は、他にいませんて」
 リネットはシャンタルの機転と勘のよさを知っているだけに、心から請合った。
 
 




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