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表紙

リネットの海  76


 二日後、マーカスが杖の力を借りながらも立てるようになって、医者のサンタクルスはやっと居候たちを追っ払うことができた。
 マーカスは宿舎に戻り、横の小部屋をリネット用に渡した。 一方、シャンタルと短い逢瀬を楽しんだパーシー卿は、事件から四日目に馬車でサンタンデールまで送っていった。
「もう力持ちのアントンがいないから」
と言って、シャンタルは旅立つ前に、荷物の中からドレスを何着かとその服に合った帽子や手袋、バッグを惜しげもなく引っ張り出して、リネットの部屋に運ばせた。
「お古だけどほとんど着てないのよ。 間に合わせの普段着にしてちょうだい」
 ベッドや椅子の上に積み上げられた虹のようなドレスを見て、リネットは喜んだり恐縮したりした。
「まあ、こんな素敵な服を! でも、申し訳ないですわ。 親切にしていただいた上に頂き物まで」
「いいのよ、これから仕事でパリに行くの。 どうせショーウィンドウを見たら我慢できなくなって、また山ほど買いこんじゃうんだから」
「トランクが空いて内心喜んでるんだよ」
 ドレスを一抱え運んできたダニエルが、陽気に口を添えた。
「余計なこと言わないの。 さあ男子はあっちへ行って荷造りしていて。 私達は女同士のお別れがあるんだから」
「長くなるんでしょう? 荷詰めがすんだらバルに行ってていい?」
「いいわよ。 はい、お小遣い」
 受け取った札を嬉しそうにヒラヒラさせて、ダニエルは急ぎ足で出ていった。


 二人きりになったのは久しぶりだった。 ぎしぎし言う小さなベッドに並んで腰かけて、二人はちょっとしんみりした気分になった。
「ごめんね、あなたのお父様と私が何かあるようなことを、ダニエルが言って。 あの子ったら自分が一番もてるといつも思ってるから、あなたとローリーが仲よくしてるのを見て焼き餅を焼いたらしいの」
「いえ、もう誤解だとわかりましたから」
「よかった! 私にとってはね、マーカスはアンタッチャブルなの」
「は?」
 きょとんとしたリネットの手を、シャンタルはレースの手袋をはめた手で優しく叩いた。
「夢の人。 手に入れたいんじゃないのよ。 その逆」
 




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背景:トリスの市場
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