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表紙

リネットの海  75


「なぜ?」
 無邪気に尋ねるリネットに、ダニエルは白い健康そうな歯を見せてニヤッとした。
「脚本を書いてるんだ。 気持ちが高ぶると、すぐ紙に向かうんだよ。 情熱的なセリフを次々と思いつくし、書き疲れた頃には興奮も収まるってことで」
「芸術家なのね」
「うん、根っからね」
 ダニエルはアントンと違ってやんちゃ坊主で、気まぐれだが、リネットとは結構気があった。 窓枠の横に自分も腰かけて、リネットはダニエルを軽く睨んだ。
「嘘つきねえ、ダニエルさんは」
「え? 俺が何を言った?」
「うちの父を、マダムの彼氏だなんて」
「ああ、あれ」
 ダニエルは肩を揺すって爆笑した。
「冗談だよ、冗談」
「笑えないわ」
「ごめん。 さすがに場違いだった」
 真顔に戻ると、ダニエルは首を伸ばして、リネットのこめかみにチュッとお詫びのキスをした。

 ちょうどそのとき、大きく開けたままのドアに、大きなロルフの体が立ちふさがった。 低く押えた声が言った。
「リネット、おいで。 若い男性一人きりの部屋に入っちゃいけないよ」
 リネットは慌てて窓枠からすべり降りた。 ダニエルの笑顔が、ちょっと意地悪そうに変わり、両手を頭の後ろで組んで、窓に寄りかかった。
「お、手が早いね、ローリー・オグデンさん。 もうリンちゃんのハートを掴んじゃったのかい?」
「悪いか」
 ぶっきらぼうな返事がかえってきた。 二人の若者の視線が、パチパチと火花を散らした。
 リネットはびっくりして、顔を忙しく動かしながら二人を見た。
「待って。 喧嘩するようなことじゃないわ。 ダニエルさんは親切なお友達。 ただそれだけよ」
「男女の友情は恋愛に変わりやすいんだ。 サンタンデールの港で、楽しそうにレストランで食事してたじゃないか。 とても気が合っている様子だったよ」
「あれ?」
 ようやくダニエルが思い当たったらしく、大きく腕を動かした。
「なんだ! あのときの若者か? リンちゃんとべったりキスしてた、あの?」
 べったりって…… リネットは覿面〔てきめん〕に顔を真っ赤に染めた。




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背景:トリスの市場
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