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リネットの海  72


 事情聴取は、被害者の身分を考慮して、医院の治療室で行なわれることになった。
 警官たちと共に、リネットとロルフが相次いで入っていくと、警察署長はまだ到着していず、マーカスのベッドの横にはパーシー卿が坐って、真剣な表情で話し込んでいるところだった。
 リネットを見て、パーシー卿は急いで立ち上がった。 そして、心を込めて見舞いの言葉を述べた。
「大変な目に遭わせてしまったね。 マーカスのいない間はわたしに監督責任があったのに、隙を見せて申し訳なかった」
「いいえ、私こそ勝手な振る舞いをして」
 リネットもすぐ小声で返した。 パーシー卿は額をこすり、リネットと甥を椅子に腰かけさせてから、説明を始めた。
「今マーカスにも訊いて、細かい事情がわかってきた。
 我々が最初に見つけたガレオン船には、あまり財宝はなかった。 既に海賊に奪われていたんだ。
 ふつう、海賊は襲った船を沈めない。 曳航して船ごと捕ったほうが金になるし、重い財宝を積み替えないでいいからだ。
 だが、この海賊どもはやりそこなった。 攻撃しているうちに沈没させかけた。 それで慌てて乗り移り、金銀を運び出して海賊船に載せたんだが、欲張りすぎたのか、重量オーバーで自分の船も沈めてしまったんだ」
「その海賊船が近くにあるのを、チェンバースさんが見つけたんですね」
 ロルフが静かに訊くと、パーシーはうなずいた。
「正確に言うと、潜水夫のナバスが偶然に発見したわけだが。 ナバスは口の堅い良心的な男だった。 だから、オーフュス・ハワード達に問いつめられたとき、口を割らずに逃げ出して、馬車に轢かれてしまった」
 潜水夫の事故というのは、そういう裏があったのか。 リネットは胸が重く痛むのを感じた。
「それで秘書のウィルキンソンは、宝船の沈んだ位置を知っている残りの一人、チェンバースさんを誘拐したんですね」
「ほとんど食料を与えず、なんとかしゃべらせようとしたらしいが、マーカスは筋金入りだ。 それで、焦ったウィルキンソンは、英国まで手下をやって、リネット、君をさらってこさせようとしたんだ」

 リネットの背筋が、思わずピンと伸びた。
 そうか、赤白ベストの男は、ただ彼女を探していただけではない。 初めから誘拐するつもりで、英国本土まで行ったのだ。 あのまま家にいたら、不意をうたれて、きっと簡単にさらわれてしまっただろう。 何も警戒していなかったし、あの日は使用人が出払っていた……
 リネットは、一度口に手を当てた。 それから、ゆるゆるとその手を離して、息の詰まった声で囁いた。
「まあ、驚いた……あの日に家出して、大正解だったのね……!」




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