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リネットの海  65


 パーシー卿が、なおもなだめようとするのを手で止めて、ラディーンが穏やかに言った。
「待って。 リンちゃんは疲れすぎて、眼が虚ろよ。 きっと自分でも何を言っているのかはっきりわかっていないわ。
 少し休ませてあげましょう。 ええと、ここはベッドが一つしかないのね……」
 ロルフが早口のスペイン語で医者と話し合い、居間のカウチに寝かせてもらえることになった。
「立てるかい?」
 皆に気遣われて、リネットは何とか自分を保とうとした。
「大丈夫。 ほんとに平気だから」
 膝を伸ばしたとたん、ぐらっと来た。 軽々と横抱きにされたが、もう断わる体力は残っていなかった。


 そのまま翌朝まで、リネットはこんこんと眠り続けた。 七時過ぎにようやく目覚めたとき、南国の早い太陽は既に高く上り、長方形の窓から、光が一杯に差し込んでいた。

 ぼうっとしたまま起き上がると、リネットはひどい喉の渇きを覚え、テーブルにあった水差しからゴクゴクと飲んだ。
 一口ごとに、昨夜の騒ぎがよみがえってきた。 かびくさい地下室、弱った父、そして、忠実な秘書の仮面を脱いで高笑いした犯人の顔……
「お父様?」
 やっと助け出された後、父の具合は? リネットはコップを置き、足をもつれさせながらドアに突進した。

 狭い廊下は静かで、人の気配はなかった。 診察室はどっちだろう。 リネットは前後を確かめ、見覚えのある椰子の鉢植えを発見して、そちらへ歩き出した。
 横の扉に、隙間が開いていた。 そして、中から低い話し声が洩れてきた。
 近づいたリネットは、中に入るのをためらい、立ち止まった。 そのため、結果的に話を聞いてしまうことになった。
「……で、つまらない原因でカレルは決闘して、命を落としたの。 今どき剣を振り回して決闘よ! あきれて物も言えないわ。
 それでね、血がつながっているのがあの子だけってことで、急に迎えが来たの。 あなたが無事で胸を撫で下ろした当日によ。
 一人が見つかると、引き換えみたいに一人を失うのね。 辛いわ……」
「そうだね。 でも、輝かしい未来が待っているんだから、ここはこらえないとね」
 後の言葉は、少し弱ってはいるが、前日より明らかに回復した父の声だった。




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