表紙目次文頭前頁次頁
表紙

リネットの海  63


 安心したら、どっと疲れが出た。 リネットはベッド脇の小さな椅子に崩れるように坐りこみ、うなだれて目を閉じた。
「今ごろになって頭がくらくらするわ」
「かわいそうに」
 たちまちハワードも近くの椅子を取ってリネットの横に置き、医者の目も構わず、坐って肩を抱き寄せた。
「殺されかけたんだからな。 本当に何と言ったらいいか」
 脳が石のように固まって、よく動かない。 おまけに頼もしい彼の腕の中だ。 リネットはそのままフワッと気を失って、天国のまどろみにひたりたいと思った。
 だが、静けさは五分と続かなかった。 忙しい足音が医院の廊下を伝わってきて、ドアが勢いよく押し開かれた。
 男と、そして女の声が、同時に聞こえた。
「みんな無事だったか、ロルフ?」
「まあ、ローリー! ここでリンちゃんと何してるの?」

 ロルフ? リンちゃん?

 心地よく眠りかけていたリネットの眼が、大きく開いた。

 ドアから四人の男女がいちどきに入ってきて、小さな診療室はますます手狭になった。
 先頭の男性は、もちろんパーシー卿だった。 珍しく帽子を忘れ、金髪の頭が風で吹き乱されていた。
 その後ろを取り巻いている三人を、リネットは信じられない面持ちで見つめた。
「まあ……ラディーンさん。 それに、アントンさんとダニエルさん……!」
「リンちゃん!」
 華やかに叫ぶなり、美人女優シャンタル・ラディーンは男たちを掻き分け、ついでにハワードもやんわり押しのけて、リネットをギュッと抱きしめた。
「大変な目に遭ったわねえ。 怪我は?」
「ありません」
「よかった! あなた偉いわ。 お父様を守って戦うなんて。 本当に偉いわ」
 仄かな香水の香りに包まれて、リネットはすべての鎧が体から落ちた気がした。
「アントンさんのおかげです。 貰った短剣が役に立ちました。 縛られた縄を、あれで切ったんです」
 ラディーンの背後に堂々と立った大男アントンが、自慢そうに胸をそらした。 そして、優しい眼でリネットに微笑みかけた。
 ダニエルのほうは、きょろきょろ部屋を見渡していた。 そして言った。
「あ、ベッドで伸びてますよ、マダムの彼氏」




表紙 目次前頁次頁
背景:トリスの市場
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送