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リネットの海
61
炎が大きく揺れ動いた。 三人の男がいっせいに顔を向ける中を、リネットは素早くかいくぐって、サインが終わったばかりの遺言状を引ったくるなり、火をつけた。
「このあま!」
瞬間の驚きから醒めて、ウィルキンソンが掴みかかってきた。 その歪んだ顔を、リネットは思い切り松明で叩いた。
「うっ」
紙の燃える匂いに、髪が焦げる悪臭が混じった。 ウィルキンソンは逆上して、火傷するのもかまわず素手で松明を握り、もぎ取ろうとした。
リネットもすっかり頭に血が上っていて、反射的に動いた。 グッという嫌な音と共に、ウィルキンソンの手の甲に、ナイフが容赦なく突き立った。
もみ合っている二人の横で、古物商が懐から何かを取り出そうともがいていた。 その様子に気付いたマーカスは、足を伸ばして古物商の向うずねをできるだけ強く蹴りつけ、突んのめらせてしまった。
焼け縮れた前髪が目に落ちてきて、ウィルキンソンは前がよく見えなかった。 それで、手にした大型ナイフをやみくもに振り回した。
二度、三度とうまくよけたリネットだったが、四度目に、床にうずくまった古物商の体につまづいてしまい、自分も大きく引っくり返った。
下から見て、リネットは初めて知った。 父の左足はベッドに鎖でつながれていて、立つことができないのだ。
ウィルキンソンはナイフを構え直し、ゆっくりと近づいてきた。 傷ついた手でぬぐったため顔半分が血だらけで、鬼より恐ろしい形相になっていた。
なんとか立ち上がろうとしたリネットを、今度は古物商の手が押えた。 床に転がった松明が、大型ナイフのきらめきを弱く照らした。
――死にたくない!――
リネットの心が絶望の叫びを上げたそのとき、扉の外に乱れた足音が集まって、いきなり銃声がした。
続け様に四発。 錠前が吹き飛び、台風のような勢いで扉が開かれた。
マントやコートの男たちが、あっという間に狭い地下室を埋め尽くした。 先頭にいたのはリネットの『ハワードさん』で、飛び込んできて、ナイフをふりかざしたウィルキンソンが目に入るなり、ピストルの引き金を引いた。
五発目の弾丸で、ウィルキンソンは声もなく倒れた。 ハワードは青い顔で進み寄り、まずウィルキンソンの横に落ちたナイフを素早く拾い上げてからリネットを抱き起こした。
「怪我は?」
とんでもなくかすれた声だった。 リネットの方は、声を出そうとしても出なかったので、大きく首を振って否定した。 するとハワードは、息ができないほど激しく彼女を抱きしめた。
横では、彼が連れてきた警官の一人が怒鳴っていた。 早口のスペイン語で、何を言っているのかリネットにはわからなかったが、がっくりと首を落とした古物商が、床を這うようにして倒れたウィルキンソンに近づき、胸ポケットから鍵束を出して渡した。
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