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リネットの海  59


 マーカスは、手帳の形を詳しく説明した。 すぐにディンキーが使いに出され、地下室の中は犯人二人、捕虜二人の四人となった。
 ウィルキンソンは横に歩いて、がたがたする小さな机を抱え上げ、ベッドの脇に持ってきた。 そして、懐から巻いた書類を取り出すと、机に広げた。
「さあ、ここにサインを」
 かすむ目をもう一度こすって、マーカスは書類に目を通した。
「これは……遺言書じゃないか」
「そうとも」
 嬉しくてたまらないように、ウィルキンソンは小声で笑った。
「あんたの財産を半分ほど、遭難水夫扶助会に寄付してもらうよ。
 もちろん、その会はダミーだ。 寄付金はすっかり俺たちの懐に入るわけだが、全財産と言わないところが奥ゆかしいだろう?」
「なぜだ! 海賊船を引き上げれば文句なく億万長者になれるのに!」
「引き上げるには金がいる。 俺たちは秘書と古道具屋だぜ。 前金で信用貸ししてくれる銀行なんかないんだ」
 リネットにもようやく事情が飲み込めてきた。 父のマーカスは、もうひとつ沈没船を発見したらしい。 そして、その船には略奪した金銀がたっぷり積んであったのだ。
――発見を横取りするだけじゃなく、引き上げ費用まで出させようとしてる。 しかも、お父様を殺した後で。 なんてひどい悪党ども!――
 リネットは怒りで髪の毛が逆立つ思いだった。
「サインしないで、お父様!」
 リネットが叫ぶと、ウィルキンソンは悪鬼のような表情になって振り向いた。
「うるさい! この場でおまえの腕の一本や二本折ってやろうか。 優しい父親のマーカス・チェンバースさんに、どこまで耐えられるかな?」
 そのときようやく、手首の縄が切れた。 その縄が落ちないようにしっかりと握ると、リネットは後ろ手のまま短剣を持ち替えながら、じりじりと後ずさりした。




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背景:トリスの市場
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