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リネットの海  56


 ガタガタと体が転がって狭い車内に当たり、相当な衝撃があったため、リネットは間もなく意識を取り戻した。
 石ころ道を、馬車は猛スピードで走っていた。
 リネットは両手足を縛られ、猿ぐつわをかまされた上に、床に転がされていた。 座席にはハワードと名乗った丸顔の男がちんまりと腰かけていて、足の置き場に困っている様子だった。
 とうとう彼は、乱暴に飛ばす御者に声をかけた。
「狭くて困るよ。 隣りに坐らせてやっか?」
「あんたが席に足上げてろ」
 じゃけんな声が返ってきた。 猿ぐつわからわずかに出ている眼を精一杯動かして、リネットは外の景色を見極めようと首を伸ばした。
――どこに連れて行くつもりなんだろう。 お父様もこうやって攫われたのかな。 もしそうなら…… ――
 向こうで会える、かもしれない。 いや、きっと無事な父に会える! 身動きできない情況でも、リネットは何とかして希望を見つけようとした。

 やがて馬車は大きくカーブを切り、横道に入った。 そこには夕涼みの人々がたむろしていて、むやみに速く走らせることはできず、それでも急がせると何人かの男女に怒鳴られた。
 御者は返事もせずひたすら進み、もう一度角を曲がった。 道は暗く、潮の香りが鼻を打った。
 二人の男はそそくさと馬車を降りた。 そして、穀物袋のようにリネットをかつぎ上げ、角から三軒目の暗い建物に運びこんだ。

 中は埃っぽかった。 今は使われていない何かの工場のようだ。 男たちはどちらも肉体労働には慣れていないらしく、じきにぜいぜいと息を荒くして、大きな台の上にリネットをドンと転がした。
「もう担いでいくのはごめんだ。 足だけほどいて自力で歩かせよう」
「そうだな」
 自称ハワードが小声で答え、リネットの足首に巻いたロープを外した。 そして手を添えて床に立たせた。
 その間に御者はランプを取って、マッチで火をつけた。 黄金色の明かりが殺風景な長方形の部屋を照らした。
 リネットは息を呑んだ。 右手にランプを掲げ、けわしい顔でリネットを睨んでいる御者の顔に、はっきりと見覚えがあったのだ。




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背景:トリスの市場
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