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表紙

リネットの海  49


 他にわずかな手がかりでもないかと、リネットは父の服や机の引出しを探してみた。 しかし、それ以上は何も見つからなかった。
「父はいつもここに泊まっていたんですか?」
 リネットが尋ねると、自分も棚から書類を抜き出しては確認していたパーシー卿は、手を止めて振り返った。
「いや。 天候が悪くて引上げ作業ができないときは、カディスのホテルに戻っていた。 あそこなら電信を受け取りやすいし、最新の新聞も読める。 いろいろ便利なのでね」
 書類の束に異状はなかったらしい。 元通りにしまいこむと、パーシー卿はリネットを差し招いた。
「わたし達もいったんカディスに行こう。 ここには女性の泊まれる設備はないから。 それに、どうかね? 一緒に秘書のウィルキンソンを見舞いに行かないか? 昨夜ちょっと顔を見に行ったときは、だいぶ元気そうになっていたんで、役に立つ話を聞けるかもしれないよ」
「いろいろお手数をかけてすみません」
 リネットは殊勝に言った。


 昼過ぎに町へ戻った二人は、ホテルで軽い食事を取った後、そこの二階で熱と闘っている秘書の部屋に行った。
 ゆったりとしたシャツとズボン姿で長椅子に横たわっていた青年は、付き添いの女性に案内されてパーシー卿と見知らぬ娘が入ってくるのを見て、急いで体を起こした。
 パーシー卿はすぐに、手振りで気を遣わなくていいと合図した。
「寝ていなさい。 だいぶ顔色がよくなったね」
「ありがとうございます。 今度は特にひどくて、もう十日も仕事に戻れなくてすみません」
「病気なんだから仕方がない。 ちょっと話ができるかね?」
「はい、大丈夫です」
「それなら、このひとにマーカスのことを話してやってくれないか? 彼女はマーカスのお嬢さんで、リネットさんというんだ」
「初めまして。 リネット・チェンバースです」
 そう言いながら、リネットは手を伸ばして青年と握手した。 久しぶりに本名を名乗るのは、奇妙な気分だった。
 青年は、興味を持った目つきでリネットを見返し、きちんとした口調で自己紹介した。
「イーノス・ウィルキンソンです。 パーシー卿の秘書を三年近くやらせていただいています」
 その言葉遣いはどちらかというと堅苦しく、真面目で几帳面な仕事ぶりをうかがわせた。




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