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表紙

リネットの海  48


 パーシー卿は、悔しそうに静かな部屋を見回した。
「そうか! もっと詳しく調べるべきだったな。 どこも普段通りで、家捜しされた跡がないから、まさかマーカスの身に何か起きたなどと考えもしなかった。 また何か急に思い立って、すぐ戻るつもりで出かけたと考えていたんだ。
 それに……」
 パーシー卿が言葉を濁したのに、リネットは素早く気付いた。
「それに?」
「ちょっといやなことを、カディスで小耳に挟んでね。 マーカスが裏小路で、古物商の男とひそひそ話をしていたというんだ。
 マーカスは金に困っているわけではないから、引き揚げた品を横流しするはずはないが、それならなぜあんな男に用があったのか」
 古物商? リネットの胸に、不安のさざなみが広がりはじめた。
「あんな男って、悪い人なんですか?」
 パーシー卿は、眉をひそめて頷いた。
「良心的とはいえない。 本物を偽物といって安く買い叩いたり、その逆をやって高く売ったりするという噂がある。 証拠はないが」
「何ていう名前の人です?」
 答えが来るまでの数秒間、リネットは心臓が痛くなった。
 銀の煙草入れを取り出しながら、パーシー卿は思い出そうとした。
「ええと、何といったかな、そうそう、ハワードだ。 オーフュース・ハワード」

「オーフュース? 珍しい名前ですね」
 リネットは、蚊の鳴くような声で相槌を打った。 今や心臓はハリケーンの海のように荒れ狂っていた。
「ギリシャ神話のオルフェウスから採ったんだろう。 親が変わった趣味の持ち主だったんだな」
 シガレットを口に持っていこうとして、パーシー卿は気付いた。
「失礼。 吸ってもいいかね?」
「どうぞ」
 リネットは上の空で答えた。 頭の中が、謎と不安と、そしてもやもやした怒りで割れそうになっていた。




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背景:トリスの市場
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