表紙目次文頭前頁次頁
表紙

リネットの海  47


 リネットはショックを受けて、青い顔になった。 その様子を気遣ったパーシー卿は、馬車を降りてバンガローで休むことを勧めた。
「仮住まいだからお粗末だが、日光を遮るし、雨風も防いでくれるよ」

 緩やかな斜面を少し上がったところに、バンガローはあった。 パーシー卿はあばら家のようなことを言っていたが、どうしてなかなか立派で大きな平屋建てで、屋根つきの広いテラスが、リネットには新鮮に見えた。
 隣りには、しっかりした造りの道具小屋も付属していた。 普段のリネットなら好奇心一杯で覗くところだが、今は一刻も早く、父の部屋に行きたかった。 他人にはわからなくても、父の癖をよく知っている娘の目で調べれば、行き先の手がかりが掴めるかもしれないと思った。

 バンガローの奥には、二つ独立した部屋があって、一つはパーシー卿用、そしてもう一つがマーカス・チェンバース用だった。
 卿の案内で中に入ってみると、部屋は薄暗く、気持ちのいい涼しさだった。 、細い棚には、書類や図面が仕分けして入れてあり、何の飾りもない実用的なデスクには、ペン立て、インク瓶、吸い取り紙などの筆記用具が無造作に置かれていた。
 とても日常的な光景だった。 荷造りの跡はないし、服は棚の下に数枚かけたままだ。 今すぐにでも扉が開いて、マーカスが戻ってきて不思議はなかった。

 リネットの視線は、隅に置かれた簡易ベッドに向いた。 薄い布団が、起きたばかりのようにくしゃくしゃになっている。 マーカスは割と几帳面で、こんなに寝所を乱したまま出かけることはないはずだ。 眉をひそめたリネットは、近づいてめくってみた。
 すると、掛け布団の下から黒の小型バッグが出てきた。
 リネットの表情が、見る間に強ばった。
「そんなはずないわ」
「え?」
 棚に寄って、書類を調べていたパーシー卿が振り向いた。
「父はいつも、このバッグを持ち歩いていました。 ご存じですね?」
 リネットの差し出した薄い箱型のショルダーバッグを、パーシー卿はしげしげと眺めた。
「そうだ、その通り。 彼は必ずこれを肩にかけていたよ」
「どこへ行くにしても、これを持っていかないはずはないんです。 それに、こんなにだらしなく開けっぱなしにしたりしないし」
 紐の付け根を見て、リネットは息を呑んだ。
「見てください! 取れかかってます! 乱暴に引きはがされたんだわ!」




表紙 目次前頁次頁
背景:トリスの市場
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送