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リネットの海
46
コルドバからセビリアまでは、広い平原が続いた。 これが観光旅行だったら、リネットももっと、眼前に広がる静かな草原や、遠くにきらめく川の流れを眺めて楽しんだかもしれないが、今はそれどころではなかった。
パーシー卿は、様々な書類を汽車に持ち込んでいて、大きなアタッシェケースから出しては確認し、サインを入れ、とても忙しそうだった。
リネットが気遣うと、パーシー卿はすっぱい笑顔を浮かべて愚痴った。
「いやはや、まったく疲れるよ。 いつもなら秘書のウィルキンソンがうまくやってくれるんだが、マラリアの発作で具合が悪くてね、カディスで療養中なんだ」
リネットはそちらにも同情した。
「マラリアって、いったんかかると、直ってもしばらくして高熱が出て震えが来るそうですね。 父から聞きました」
「厄介な病気だよ。 キニーネを飲んで、しばらくじっとしているしかない。 一日も早く戻ってきてほしいよ」
その後、列車はセビリアを経由し、夕方の七時半過ぎに、ようやくカディスの駅に到着した。
夏なので、空にはまだ夕焼けの名残が赤い筋を引いていた。 赤帽が二人がかりでパーシー卿の荷物を運び、辻馬車に載せた。
リネットを助けて馬車に乗った後、パーシー卿は、道中考えていた予定をリネットに話した。
「もう夜だから、定宿にしているホテルに泊まろう。 そして、引き上げの本拠地オルテガ村には、明日の朝出発することにしようね。 馬車で三時間ほどの距離だ。 村人には英語はまったく通じないが、現場監督のミゲルは話せるから、彼を通訳にして、お父さんに関する情報を集めてみよう」
その村に父が戻ってきていることを、リネットは心の底から願った。
だが、八月十一日の昼前、二人を乗せた馬車が静かな漁村に到着したとき、迎えに出た現場監督のミゲル・エスペレタは、パーシー卿の問いに首を振って答えた。
「いえ、チェンバースさんはあれっきり、一度も見えていません」
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トリスの市場
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