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表紙

リネットの海  45


 パーシー卿は、難しい顔になった。
「船着場以外は何もない漁村なんだよ。 不便だし、夏のこの時期だと、昼の浜辺は焦熱地獄だ」
「体は丈夫です!」
 リネットは懸命に言い張った。
「ご迷惑はかけません。 母を失って、家族はもう父だけなのに、その父が行方知れずでは、心配でとてもここにじっとしてなんかいられません!」
 必死に訴える少女の眼を、パーシー卿は数秒間じっと見つめた。
 それから、心を決めた。
「わかった。 今、駅へ行こうとしていたんだ。 よかったら、連れていってあげよう。 切符は乗ってから買えばいいから」
 今すぐ? あまりの速さに、リネットはたじろいだ。
「あの……」
「なんだい?」
「いえ」
 どうしよう。 後からハワードさんが来るのに。
 でも、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。 リネットはフロントに駆けより、備え付けのメモ用紙に走り書きして、係に渡した。
「あの、もしハワードさんという人がカーギルを訪ねてきたら、これを渡してください」
「かしこまりました」
 係は愛想よく答えて、メモをデスクの引き出しにしまった。


 パーシー卿は、イギリス本土のみならず、この外国でも相当な実力者らしく、特等車に乗り込むとすぐに、ボーイがご機嫌を伺いにやってきた。
 汽車の旅は快適だった。 寝室は三つもあって、リネットは大きな『同伴者用』にゆったりと泊まることができた。
 マドリッドまで乗った庶民の普通車とは大変な違いだった。 しかし、リネットは心の隅で、あっちの狭い車両のほうが面白かったと思い起こした。 旅客たちはぺちゃぺちゃおしゃべりをして楽しそうだったし、それに何より、あの列車にはハワードがいた。

 青と黒の蒸気機関車は、薄灰色の煙を吐きながら、たくましく五両編成の列車を引っ張っていった。 急行列車はトレドで止まった後は小さい駅を二つ飛ばし、長々と低い山岳地帯を走った。
 コルドバに着くのは、翌日の午後四時の予定だった。




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背景:トリスの市場
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