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表紙

リネットの海  44


 茶色のごわごわした髪をギュッと山高帽に押しこんだパーシー卿は、飛びつかんばかりに立ちふさがった娘を、不思議そうにじっと見つめた。
「リネット? リンちゃんかい?」
「はい!」
 父の親友で仕事仲間でもある卿に出会えて、リネットは目がくらむほど嬉しかった。
 いかにもイギリス紳士らしく、パーシーは内心の驚きをほとんど出さず、平静な声で質問を続けた。
「ここで一人で何をしている?」
「父に会いに来ました。 母が急死したので」
 パーシー卿は沈痛な顔になった。
「そうなんだってね。 お悔やみを言うよ。 電報が来ていた。 マーカスの机に置いてあったんだが」
 机の上に置きっぱなし? リネットの表情が変わった。
「開封してありましたか?」
「そう、封は切ってあった」
 それでは、父は母の死を知っているのだ。 なのになぜ、イングランドに戻ってこないのか。
 リネットが思い乱れていると、パーシー卿もつられたように不安げになった。
「マーカスは、ご葬儀には?」
「来ませんでした。 どっちみち、電報を見てからでは間に合いませんでしたが。
 ずいぶん待ったけれど、帰ってきてくれません。 父はどこにいるんでしょう?」
「実はわたしも、彼を探しているんだよ」
 パーシー卿の口から、驚くべき言葉が飛び出した。

 フロアでは何だからと、パーシー卿はリネットを喫茶室に連れていった。 そして、ここしばらくの出来事を話してくれた。
 それによると、マーカスが妻を見舞ってスペインへ戻ってきた後、入れ違いでパーシー卿も帰国したという。 どうしても外せない用事ができたからだが、その義務を手早く果たしてマドリッドへ急ぎ帰ってみると、マーカスはすでに消えていた。
「船の引き上げ現場に行ったのかと思ったんだが、現場監督に電報を打ったら、七月末以来一度も来ていないそうだ。 向こうもごたごたしていてね、詳しいことがわからない。 それで、こちらから出向くことにしたんだが」
「私も」
 声がかすれたので、リネットは急いで言い直した。
「私も、引き上げ現場に連れていってください!」




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背景:トリスの市場
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