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表紙

リネットの海  42


 翌日はちゃんと早起きできた。 新しく借りた馬車は気持ちよく走り、2時間ほどでパレンシアに到着した。
 そこで軽く朝食を取った二人は、今度は駅馬車でバリャドリードへと出発した。 この美しい古都からは、マドリッドまで汽車が通じているのだった。

 のんびりした列車の中では、行商人が行ったり来たりして、ひまわりの種だのキュウリの酢漬けだのを売り歩いていた。
 リネットは、頭に大きな荷物を載せる女の人たちを好奇心一杯で眺めた。
「あんな運び方をして、背が縮んだりしないのかしら」
「意外に背筋がしゃんとして、多く運べるらしいよ」
 手帳に何か書き込みながら、ハワードは上の空で答えた。
 やがて汽車は山岳地帯にさしかかった。
「グレドス山脈だ。 峠を越えれば四十マイルほどでマドリッドだよ」
 とうとう……! イベリア半島を縦に半分移動してきたのだと思うと、胸が震えた。 間もなく父に会える。 もうすぐ、きっと!


 立派な駅に降り立つと、ハワードはすぐに尋ねた。
「ここからどこに行く?」
「モレナ・ホテルに。 そこに私の会いたい人が泊まっているはずなの」
 ハワードの表情が、とたんに渋くなった。
「モレナ・ホテル? あそこには、ついていってやれないな」
「どうして?」
 びっくりした上、急に心細くなって、リネットは小さく叫んだ。 ハワードは、苦い微笑を浮かべて説明した。
「以前、顧客の一人がそのホテルで騒ぎを起こしたことがあってね。 彼に加勢したわたしも白い目で見られているんだ。
 近くまでは連れてってあげるよ。 中へは一人で入りなさい」
 仕方ない。 リネットはしゅんとなって、馬車を探すハワードの動きを見守った。




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背景:トリスの市場
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