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表紙

リネットの海  40


 だが、久しぶりに安心して寝入ったその晩、騒ぎが起こった。
 真夜中過ぎから階下で荒い足音が響き、口論らしき声がだんだん大きくなった。 ぐっすり寝込んでいたリネットは、最初気付かなかったが、突然銃声が建物にこだましたため、叩き起こされる形でベッドから飛び降りた。
 下では、男がわめいていた。 凶悪な声だ。 言葉がわからないため、余計そう思えた。
 怖くてたまらなくなって、リネットは続き部屋のドアを開け、しゃにむにハワードの部屋へ突入した。
 ハワードは、シャツにズボン姿のまま、ベッドに上半身を起こして聞き耳を立てていた。 リネットが飛びつくと、横に座らせて唇に1本指を当ててみせた。
「静かに」
 リネットは彼に強く身を寄せて、うなずいた。

 横の部屋から、泊り客がぶつぶつ言いながら出ていった。 安眠を妨げられて、怒っているらしい。 他にも数人の足音がした。 、階段の上から覗いて話し合っているようだった。
 やがて、階下の怒鳴り合いはおさまり、二階の野次馬も解散した。 自室へ戻りながらの会話が、ドア越しに聞こえた。
 強く張っていたハワードの腕の筋肉から、徐々に力が抜けた。 そして、しがみついているリネットに小声で告げた。
「近所の酔っ払いだ。 夜中に来て、もっと酒をよこせと騒いだらしい。 銃は脅しで、天井に向けて撃ったんだと」
 心底ほっとして、リネットは肩を落とした。
「荒っぽいのねえ。 アメリカ西部みたい」
 それにしても、ハワードがいなかったらどうしていただろう。 一人で言葉も聞き取れず、小さくなって震えているしかなかった。 本当に彼は有難い存在だった。
「やっぱりここは外国なのね。 イギリスのホテルじゃ考えられないことが起こるんだわ」
「そうだよ」
 どこか面白そうに、ハワードは応じた。
「のんびり見えても、予想がつかないことが不意にね」
「ひとりで出てきた私は、すごく甘かったわ」
 反省しきりのリネットを、ハワードは横目でちらっと眺めた。
「それは、どっちとも言えないな。 今の段階では」




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