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リネットの海  36



リネットが部屋を訪ねると、シャンタルは夜の着替えにてんてこ舞いしていた。
「手伝いましょうか?」
 急いで声をかけたリネットに、シャンタルはほっとした様子だった。
「よかった。 無事だったのね。 迷子になったかと思ったわ。 ダニエルはいい子なんだけど、考えが足りなくてね。
 これから市長さんのパーティーにお呼ばれしてるの。 悪いけどその白い箱取ってくれる? 中にコサージュが入ってるのよ」
 ネックレスにブレスレット、イヤリングとリング、おそろいのポーチ。 アクセサリーはきちんとセットで整理され、取り出しやすくなっていた。
 よくわからないながらも、リネットはできるだけシャンタルの着替えの手助けをした。 その夜のドレスは銀と黒で、長く裾を引いたデザインが眩しいほど美しかった。
 仕上げに扇子を渡した後、リネットは遠慮がちに切り出した。
「あの、迎えに来るはずだった人と、やっと逢えました。 ハワードさんという人なんですが、今夜その人とマドリッドに出発します」
 鏡を覗いて額にカールを散らしていたシャンタルの指が、つと止まった。
「そうなの? じゃ、道中気をつけてね」
「はい。 お世話になりました」
「いいのよ。 こっちも楽しかったんだから。
 六日後には私たちもマドリッドに行くわ。 向こうで会えるかしらね」
 そうなればいいが、すぐ地中海側に行くかもしれないので、リネットにははっきりしたことは言えなかった。


 別れを告げたとき、アントンとダニエルの反応は対照的だった。
 ダニエルは、リネットの相手を見ているからかもしれないが、あっさりしたもので、縁があったらまた会おうという気楽な態度だった。 しかし、アントンは端整な顔をしかめて、懐から細長い物を取り出した。
「男を完全に信用するの、よくない。 これを胸か袖に入れておきなさい」
 その細長い物体は、精巧に出来た鞘つきの短刀だった。 じっと覗きこんだダニエルは、あきれて首を振った。
「おい、バルカンの危険児。 おまえこんなもの持ち歩いてたのか?」
「危険児ではない。 冒険者と言ってもらいたい」
 アントンは広い胸を張った。 そして、気づかわしげにリネットを見た。
「リンちゃんは愛らしい。 並みの男ではふさわしくない。 それこそ、牛に真珠」
 ダニエルがブハッと吹きだした。
「それを言うなら、豚に真珠だろうが!」




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