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リネットの海
32
乾くと、リネットの髪はむらのない栗色になった。 これまで無造作に垂らしていたのを、シャンタルがシュークリームのようなふわりとしたアップに結い上げてくれた。
「さあ、これならブルネット美人を探していた人間には絶対に見つからないわ。 よく似合うわよ、リンちゃん」
あやふやな気持ちで、リネットは何度も鏡を覗きこんだ。 なんだか自分じゃないみたいだ。 大人びて見えたし、少し綺麗になったような気もした。
ともかく、これで大手を振って船内を歩ける。 リネットは大いにシャンタルとダニエルに感謝した。
シャンタルは面白がっていた。
「生え際が黒くなってきたら、リタッチしてあげるわ。 まあ当分大丈夫でしょうけど」
∴+∵+∴+∵+∴+∵+∴+∵
天候に恵まれて、汽船はすべるように凪いだ海を走った。 あれ以来、リネットは食堂で、二度ほどあの痩せた男とすれ違ったが、彼は予想と違うリネットに見向きもしなかった。
次第に海の色が明るさを増し、紫の影にすぎなかったイベリア半島が、立体的な姿を大きく視野に広げてきた。
腕のように見える半島に包まれた静かな港に、船はゆっくりと入っていった。
ダニエルとアントンが手際よく荷物を運び出している横で、リネットは自分のバッグを握りしめ、わくわくして景色を見渡していた。
風変わりな帽子を頭に載せ、スカーフをなびかせて通る男たち。 大きなエプロンをしてみやげ物を売る女たち。 風に乗って聞こえてくる言葉は、英語とはまるで違い、早口で威勢のいいスペイン語だった。
「これが外国なのね」
「スペインとフランスじゃまた違うよ。 オランダやドイツでもね。 彼らは背が高く、ずっと静かだ」
トランク二つとコスメボックスを軽々と抱えたアントンが教えた。 リネットは急いで、空いているほうの手でボックスを受け取った。
「これは私が持っていくわ」
「いい子だ。 じゃ、これも頼む」
後から出てきたダニエルが、カバーに入れたシャンタルのコートを二枚、ちゃっかりとリネットの肩に被せた。
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トリスの市場
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