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リネットの海
31
二十分ほどして、ドアに軽いノックがあった。 リネットは急いで戸口に行って、小声で尋ねた。
「ダニエルさん?」
「うん、それと、マダムも一緒」
あわてて、リネットはドアを開いた。
二人はつむじ風のように入ってきて、丁寧にドアを締め切ると、錠を下ろした。
ダニエルは、長方形の盆に載せた若鶏のシチューをテーブルに置いた。 一方、琥珀色のドレスに同色の大きな帽子をスカーフで包んで止め、息が止まるほど美しく着飾ったシャンタルは、片手に下げたモロッコ革の化粧品入れを椅子に置いて、リネットにいたずらっぽい笑みを投げた。
「食べる前に五分ちょうだい。 ええと」
手品のように、シャンタルは革ケースの中から二つのカツラを取り出して、代わる代わるリネットに当ててみた。
「ダニエル、どう思う? どっちが似合うかしら?」
コンテストの審査員よろしく、目を細めてじっと観察した後、ダニエルは決めた。
「どっちもいいけど、金髪は目立ちすぎます。 そっちのレディッシュブラウンのほうがおとなしやかで、しかもイメージががらっと変わって、いいですよ」
「そうね、この色に決めましょう。 さあリンちゃん、食べていいわよ。 ただし半時間で食べ終わること。 ちょっと服を着替えたらまた来るわね。 そのとき、髪を染めてあげるわ!」
カツラは色見本だった。 小さくて、しかも揺れる船室の中で、大きな上っ張りを着たシャンタルは、驚くほど器用にリネットの髪をとかして濡らし、染料を塗っていった。
「さあ、むらなく塗れた。 これで十五分待って、適度に色が抜けたら洗い落とすの」
液が垂れても大丈夫なように、首にきっちり油紙を巻いた珍妙な姿で、リネットは感心した。
「本職の美容師さんみたいですね」
「あなたぐらいのときは、私もドサ回りで、何でもやらされたのよ。 当時は辛かったけど、今思うと懐かしいわ。 若くて、野心に燃えて、はつらつとしてたあの日々が」
こんなに綺麗で人気があって、夢のすべてを手に入れた人なのに? リネットは手鏡に映ったシャンタルの、遠くを見つめているような表情に、そこはかとない哀愁を感じ取った。
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トリスの市場
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