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表紙

リネットの海  28



 護衛?
 その言葉が、思いがけない連想を生んだ。
――そう言えば、ハワードさんどうして明けがたに廊下でこそこそしてたの? 船に間に合ったなら、昼間来てくれればよかったのに。
 それに、なぜダニエルさんたちから逃げ回る必要があるのかしら?――
 新たに生じた疑問を、遠慮しない性質のリネットは、正直にハワードにぶつけた。
「アントンさんたちは本当に親切よ。 なのに、どうしてあの人たちから隠れるの?」
 答える前に、ハワードは一拍間を置いた。
「仕事の関係上だ。 貿易をやってるんだが、すべてが公明正大というわけではない。 この船にも、そういう取引相手の一人が乗っているんだ。 その男に今会ってきた帰りでね」
 ハワードの眼は、話の間中まっすぐリネットの顔にそそがれていた。 堂々とした態度で、嘘ではない、少なくともハワードにやましいところはない、ということが、リネットにしっかりと伝わってきた。
 ほっと肩の力を抜いて、リネットは笑顔になった。
「わかりました。 会えてよかった! これからは、ずっと一緒ね?」
「いや」
 ちょっと言いにくそうに、ハワードは口ごもった。
「ポーツマスでいったん降りる。 でも、スペインで必ず追いつくから」
「えーっ!」
 リネットの声がかすれた。 根が正直だから、ショックを受けた様子がそのまま顔に出た。
 静かにハワードの手が伸びて、一本のお下げにまとめているリネットの頭を撫でた。
「あの大きくて頑丈な坊やたちより、僕を頼ってくれるんだね。 なんだか嬉しいよ」
 彼の言葉は事実だった。 同じ列車に乗り合わせたという、ただそれだけの仲なのに、リネットは誰よりもハワードを信用し、心を許していた。
「しばらく美人女優さんと行動を共にしていてくれ。 あの人は派手だし、人気もあるようだから、移動先はすぐわかるだろう。 僕が追いかけるのに苦労しないですむ」
「ええ……」
 それでもリネットは、しょんぼりしてしまった。
「早くお仕事が終わるといいな……」
「僕もそう思う」
 珍しく溜め息と共に、ハワードは呟いた。




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