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リネットの海
27
リネットがあっけに取られる暇もなく、今度は廊下に複数の足音が響き、またドアがノックされた。
――きっと悪者だ。 ハワードさんがこんなに息を切らして隠れているんだから――
胸をどきどきさせながら、リネットはドアに耳を当てて、低い声で尋ねた。
「だれ? こんなに夜遅く」
外の足音の主は、驚くべき答えを返してきた。
「ダニエルと」
「アントンだ。 今、怪しい男が君の部屋の前をうろうろしていてるって甲板の見張りから聞いたんだが、無事かい?」
確かに二人の声だった。 リネットは暗い部屋で、ちらっとハワードに視線を向け、ドアを開くとその姿が裏に隠れることを確かめてから、再び内鍵を外して、顔だけ突き出した。
「無事よ。 でも、その怪しい人って、いったい誰かしら?」
「さあな。 なんでもないならいいんだ。 起こしてすまなかった。 朝食は八時からだから、それまでゆっくり寝てくれ」
「はい、ありがとう」
眠そうに礼を言った後、リネットは頭を引っ込めてドアを閉め、二人が立ち去るのを息を殺して待った。
数秒間が、そのまま過ぎ去った。 廊下に人の気配がなくなったのを知って、リネットはようやく緊張をゆるめ、マッチで備え付けのランプに火を入れた。
黄金色に揺れる炎に照らされて、ハワードの全身がようやくはっきりと見えた。 黒に近い濃灰色のセーターと黒いズボン姿だ。 頭には、労働者がよく使う大きな縁のついたキャスケットを被っていた。
「ハワードさんこの船に乗ってたの?」
ハワードはうなずき、ポケットから乗船券を出してリネットに示した。
「取引が長引いて、なかなか戻ってこられなかったんだ。 この船にもぎりぎりで飛び乗った。 君の券も持ってきたが、もう必要ないな」
そして、あきれたように首を振った。
「しかし、君の逞しさには驚いたよ。 ラディーンさんのお付きになって船に乗るなんて」
「それはハワードさんが来てくれなかったから」
ひとまずほっとして、リネットは知らず知らず甘える口調になっていた。
「もうどこにも行かないでね。 すごく心細かったわ」
「あんないい護衛が二人もいるのに?」
目を細くして、ハワードは微笑んだ。
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