表紙
目次
文頭
前頁
次頁
リネットの海
26
懸命に笑顔をつくろい、リネットは言い訳した。
「ええと、前に勤めていた家で、行儀見習させてもらって、いろいろ教えこまれたんです」
シャンタルは、素早く流し目をくれた。
「そう? まあ、よかったわね。 それで、と、もうそろそろお開きにしましょう」
彼女がスマートに立ち上がると、ダニエルたちも礼儀正しくすぐ立ったが、彼らだけでなく周囲のテーブルまで一斉に人が席を立って、盛んに拍手を送った。
「我等がシャンタル・ラディーンさんに、スペイン興行の成功を祈って!」
ボーイが素早く狭い通路を縫って歩いてきて、シャンタルのテーブル全員にシャンペンのグラスを渡した。
「あちらの紳士のおごりです。 憧れのラディーン様へと」
シャンタルは、にこっと笑って、立派な髭の紳士にグラスを掲げてみせた。
「ありがとう。 皆様のご好意に感謝いたします!」
「乾杯!」
客たちが声をそろえ、賑やかにグラスを合わせる音がひとしきり響いた。
∵+∴+∵+∴+∵+∴+∵
「私って、変装が下手?」
寝る支度を終え、鏡の前に座って、リネットは左右対称の自分に小声で話しかけた。
「しょっちゅう使用人部屋で遊んでるから、真似するの簡単だと思ったんだけどな」
ラディーンさんは職業柄、観察力が鋭いだけだ。 そう思いたかった。 ともかく、まだ素性を知られるわけにはいかない。 無事、父に再会するまでは。
「うー、眠い!」
ベッドの上掛けをめくって、飛び込んだとたん、瞼がくっついた。
熟睡していた耳に、場違いな音が次第に大きく聞こえてきたのは、明け方近くだった。 なかなか開かない目をこすって、リネットは体を起こした。
誰かがドアを叩いている。 乱れ、切羽詰ったノックの仕方だった。
「だれ?」
ぼうっとした口調で尋ねると、驚くべき答えが返ってきた。
「僕だ。 ハワードだ! 開けてくれ!」
リネットは激しく目をこすり直し、ベッドからすべり降りると、内鍵を開けた。 そのとたんに、黒尽くめの大きな姿が機関車のように飛び込んできて、ドアの後ろにピタッと張り付いた。
表紙
目次
前頁
次頁
背景:
トリスの市場
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送