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リネットの海  24



 こうして、リネットが思った以上に簡単に、シャンタルの道連れとなることが決まってしまった。 ダニエルは、シャンタルに命じられて、さっそく空き部屋を借りに出かけたが、傍をすり抜けるとき、言った通りになっただろう? という感じで、リネットにパチッとウインクしていった。

 急なことなので、隣りの部屋というわけにはいかなかったが、ワンランク低い船尾の部屋ならということで、小さくても一人部屋に入れてもらった。 楕円形の鏡や、ままごとのような洗面台、それになにより、いかにも船らしい丸窓を見て、リネットは胸が躍った。
――これこそ旅なんだわ。 船に乗って外海に出て、異国の地に上陸する……わくわくしちゃうわ――
 リネットの家柄なら、普通はリヴィエラやヴェネツィアに家族旅行した経験があってもおかしくなかった。 だが、母のクラリッサが病気がちなのと、父が世界を飛び回っているせいで、これまでイギリス本土から一歩も出たことがなかったのだ。

 荷物を置いて、シャンタルにお礼の挨拶に行くと、さっそくワンピースと造花付きの帽子、それに薄手のコートを渡された。
「これねえ、『執事と泥棒』っていう喜劇をやるときの衣装なの。 お固い家庭教師に見せかけて、実は大泥棒っていう役なんだけどね」
 シャンタルは、そこでニヤッとした。
「別にケチつけるわけじゃないのよ。 ただ、あなたのその服装、私の小間使いとしてはちょっと、パッとしないというか」
「はい、すぐこれに着替えます。 で、何か御用は?」
 シャンタルはきょとんとした。 それから、声を立てて笑い出した。
「まあ、ほんとに身の回りのことをやってくれるつもりだったの? ありがとう、いい子ね。
 気を遣わなくていいのよ。 私はひとりでいろいろやるのが好きなの。 でも、そうだ、話し相手になって。 ダニエルとアントンじゃ、世間話が通じないから」
「はい!」
 いい聞き役になろう。 この人の話ならとても面白そうだし。 リネットはなんだか嬉しくなった。


 定期船シーシェル号は、大ブリテン島の西をぐるりと回り、まずポーツマスに立ち寄って、それから英国海峡に乗り出す予定だった。
 風は凪ぎだが、汽船には動力があるので、豪快に波を切って進んだ。
 食堂は思ったより小さかった。 しかし、そのぶん庶民的で、道連れ四人は身分を気にせず、同じテーブルで賑やかに食事を取ることができた。
 食堂の外れには小さなフロアがあって、ピアノが陽気なポルカを奏でていた。 ローストチキンの食事もそこそこに、ダニエルがテーブル越しに手を差し出してせがんだ。
「カースルお嬢ちゃん、踊っておくれ。 あの曲を聞くと、足がむずむずしてしょうがないんだ」
「カースルじゃなく、カーギルさんだ。 それに、食べてすぐ踊ると消化に悪いぞ」
 重々しくナイフを使いながら、アントンが注意した。 だが、ダニエルはてんで聞こえない風で、なおも立ち上がってリネットの手を求めた。
「踊れなきゃ教えてあげる。 とってもていねいにね。 さあ、行こう!」




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