表紙目次文頭前頁次頁
表紙

リネットの海  22



「今日も一人なんだね。 お連れは?」
 ダニエルは不思議がった。 彼に会えて少し明るくなった気持ちが、またどんよりしてきたが、リネットはがんばって明るく装った。
「仕事なの。 忙しい人なのよ。 でも、この船に間に合わなかったら、また何日か待たなくちゃならないわね」
 自然に心細さがにじんだのだろう。 ダニエルは笑顔を消して、横を歩く少女を見つめた。
「急ぐのかい? どうしてもそのお連れと一緒でなきゃ駄目なのか?」
 リネットは強く首を振って否定した。
「そんなことない。 汽車で偶然会った人だもの」
「なんだ! じゃ、さっさと一人で乗っちゃえ」
 ダニエルにそそのかされてちょっとその気になったが、すぐ思い出した。
「乗船切符を、ハワードさんが持ってるの」
「そりゃまずいな」
 会話を交わしながら歩いているうちに、目的の船近くに着いていたらしい。 ダニエルが不意に立ち止まって、中型の青い汽船を指差した。
「これだよ。 この船に乗るんだ」
 そして、肩に載せたトランクをいったん下ろして息をついた。
 そのとたん、黒い目がいたずらそうに輝いた。
「ねえ、お嬢ちゃん?」
「リン・カーギルよ」
 ダニエルは名前を覚えるのが苦手らしい。 適当にうなずいて言葉を続けた。
「そう、じゃ、カーネル嬢ちゃん。 いい手を思いついたぜ。 どっちへ転んでもお嬢ちゃんが船に乗れるって作戦を」
「なに?」
 驚きながらも、リネットは喜んで体を乗り出した。
 内緒話ぶって、ダニエルは上半身をかがめ、声を落とした。
「マダムのお付きになるのさ、お嬢ちゃんは」
「は?」
「あのね、ミス・シャンタル・ラディーンの小間使いになりすますの」

 リネットは、目をぱちくりさせた。 まず一度。 それから五秒ほどして、また一度。
「なぜ?」
「ちょっと疲れた。 お嬢ちゃんはこっちに座りな」
 小さいほうのトランクを手から放してリネットの前に置き、ダニエルはさっさと巨大トランクの方に腰かけた。
「スペインは外国なんだ」
「ええ、そうね」
「船で港まで行くのは簡単」
「ええ」
「だが、国内に入るのはそうたやすくないんだ。 お嬢ちゃんは、乗船券も自分で持たないぐらいだから、パスポートなんて用意してないだろ?」




表紙 目次前頁次頁
背景:トリスの市場
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送