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リネットの海
21
その日は夜まで、まったく落ち着かない気分だった。 心配をまぎらすため、午後買い物に出たが、気が散っていてお釣りを受け取らずに店を出そうになったりした。
賑やかな目抜き通りをせかせかと歩きながら、リネットは幾度も、レストランでの出来事を思い浮かべた。
リネットと同じテーブルにいたとき、ハワードに変わった様子はなかった。 気持ちいいほどの食欲で、しかも品よく料理を平らげていた。 何か差し迫った事情ができたとすれば、それは見知らぬ男が迎えに来てからだ。
ああ、なんで振り向かなかったんだろう――今更言ってもどうしようもないことながら、リネットは自分を責めた。 ハワードが出ていったとき目が合っていたら、どこへ行くか言い残してくれたかもしれない。 そう思えた。
翌朝は船旅の当日だった。 今日こそは戻ってきてくれている、と信じて、リネットは勢いよくベッドから起き出した。
だが、ノックに答えはなかった。 降りていってフロントに訊いても、やはりハワードは一度も帰ってきていないとのことだった。
午後二時を回ったとき、リネットは決めた。
――早めに港へ行って、ハワードさんを待とう。 きっと来てくれるに違いないわ――
それが最後の望みだった。 船の切符を持っているのはハワードなのだ。 もし彼が間に合わなければ、リネットも乗れない。 乗船はまた何日か後になってしまうだろう。 そんなことは考えたくなかったが、万一のときは自分で乗船券を買うしかないのだった。
忘れ物がないか点検してから、両手に荷物を持ち、リネットはホテルを出た。 二人分の部屋代を払って。
広い港には四隻の船が停泊していた。 様々な形と大きさをしている。 どれが目的の船かわからなくて、リネットが落ち着きなく見回しながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「やあ、お嬢ちゃん」
その声と同時に、誰かが並びかけてきた。 右横を見上げたところ、トランクと帽子の箱を抱えたダニエルが見えた。
人ごみの中で知った顔に会うのは、すごくほっとする。 リネットはたちまち笑顔になった。
「ダニエルさん!」
「覚えていてくれた? 嬉しいな」
アントンと違い、ダニエルは気さくだった。
「今日はとてもきれいだね。 目の下の隈もないし」
そうだ、気持ちが高ぶってメイクするの忘れてた――リネットは急いで帽子に手をやって縁を下げ、顔に影を作った。
「そう? 急いで来たから顔が赤いのね、きっと」
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