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リネットの海
19
リネットは、あわててウェイターを呼んで尋ねた。 最初に来た男は見ていなかったが、別のウェイターに訊いてみてくれた。
「五番テーブルのお客様なら、さっき男の方が来て、二人で連れ立って出ていかれました。
お勘定はお嬢様の分と合わせて、払っていただいています」
妙な気持ちで、リネットは椅子に座りなおした。 肩透かしをくった気分だった。
「帰るよ、ぐらい言ってくれてもいいのに」
シャンタルは悠々としていた。
「よくあることよ。 男の人は一点集中だからね。 何か起きると子供なんか忘れちゃうのよ」
子供! 今度こそリネットは言われっぱなしではすまなかった。
「子供じゃありません! 十八歳です!」
「あら、そうなの?」
シャンタルはにんまりと笑い、しなやかな指を伸ばして、リネットの地味な帽子から一房垂れ下がった巻き毛に触れた。
「十五くらいかと思った。 それだけ初々しいってことよ。 カッカしないでね」
「別に……」
むきになった自分にちょっと恥ずかしくなって、リネットは口を閉じた。 シャンタルは手を上げて、別テーブルでワインを飲み交わしているダニエルとアントンに合図した。
二人はさっそく飛んできた。 顔を見比べて、シャンタルはアントンにした。
「アントン、リン・カーギルさんを、泊まっているホテルまで送ってあげてね」
「はい、マダム」
アントンは、遠くから響く鐘のような声で承知した。
シャンタルが、自分の偽名を一度聞いただけで覚えていたことに驚きながら、リネットはアントンに促されて店を出た。 肩幅が広く、背が高く、声のやたら低いアントンは、ハワードにも増して威圧感があったが、リネットは平気だった。
「ねえ、アントンさん」
「アントンで結構」
「じゃ、アントン。 私はリンと呼んでね。 泊まっているのはケンドール・ホテルなんだけど」
「ああ、あそこね」
アントンはリヴァプールの地理をよく知っているようだった。
「小さいが、きちんとしてる」
うっすら外国なまりでの解説に、リネットは喜んでうなずいた。
「そうそう。 寝心地がいいの。 だからつい寝坊しちゃった。 本当は今日の船に乗るはずだったの」
「失敗は後悔の元」
格言だかなんだかよくわからないことを、アントンはゆったりと言った。
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トリスの市場
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