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リネットの海
17
レストランは海のすぐそばで、窓の一部が海面上に張り出していた。 当然見晴らしがよく、水平線に没していく太陽が、空ばかりでなく店の中まで茜色に染めた。
わりと広い店にもかかわらず、八割がたの席が埋まっていた。 確かに評判のいいレストランらしい。 リネットたちのテーブルは右手の隅で、窓に背を向ける場所になってしまったが、外に出れば景色はいくらでも見られるから、リネットは気にしなかった。
前菜に牡蠣のオリーブオイル漬けとレーキの煮物が出て,次はメインディッシュ。 ローストビーフにじゃがいもと人参グラッセを添えたものと、ニシンの燻製のマリネが運ばれてきた。
どれもおいしかった。 リネットが楽しく食べていると、ハワードが訊いてきた。
「スペインで待っている人がいるのか?」
フォークを途中で止めて、リネットはうなずいた。
「ええ、黙って来ちゃって怒られるかもしれないけど、でも、会えばわかってくれるわ」
「もし会えなかったら?」
リネットの眉が寄った。 なんでそんな、人を不安にさせるようなことを……。
「会えます。 居場所は知っているもの」
「すれ違いってこともあるだろう? 人の生死に関わるなんて物騒なことを言っていたし」
「あれは……」
ハワードの関心を引くためだったとは言いにくかった。 そろそろ何故来たか本当のことを話す時期かもしれないと感じて、リネットは口を開けた。
その口が、カチッと閉まった。 ついでに、驚きで瞬きを忘れそうになった。
レストランの入口に、見覚えのあるゴージャスな一行が姿を現したのだ。
金ラメの入ったイヴニングドレスからテンの毛皮を払い落として、後ろからついてきたダニエルに拾わせると、シャンタル・ラディーンは悠々と中に入ってきた。 その背後には、きらきらした化粧品入れを持ったアントンも、ちゃんとつき従っていた。
リネットはすっかり興奮して、前に体を倒すとハワードに囁きかけた。
「女優さんが来たわ!」
振り向きもせずに、ハワードはビーフをきれいに切り分けた。
「珍しくもない」
「シャンタル・ラディーンという人よ。 私会ったことがあるの。 名刺ももらったわ。 ほら」
急いで出そうとして、リネットははっとなって顔をしかめた。
「いやだ。 盗まれたポシェットに入れてた」
「向こうは名刺のことなんか覚えていないよ、きっと。 ファンには片っ端から渡すんだよ、そういうものは。 今はお忍びで来たんだろうから、そっとしておいてあげなさい」
ハワードはてきぱきと言った。 話しながらも流れるように食事を口に運んでいる。 芸術的といえるほど見事な食べっぷりだった。
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トリスの市場
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