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表紙

リネットの海  16



 立ち直りが早いのが、リネットの身上だ。 寝ぼけながらも、すぐ次のことを考え始めた。
「船の切符を買いに行かないと」
「もう買った。 二等を二人分。 乗船時刻は八月一日の午後三時半だ」
 リネットは眼をぱちぱちさせた。 そして改めて、このきりっとした男を仲間にしておいてよかったと実感した。
「ありがとうハワードさん」
 懐から切符を出しかけたが、ハワードは気を変え、再びしまいこんでしまった。
「渡すのは止めておこう。 無くしたり、また引ったくられたりしたら困るからな」
「今お金を」
 リネットは鞄に急いだ。 しかし、ハワードが先回りして止めた。
「清算は後でいい。 むやみに人に金のありかを見せるな」
「はい」
 人生経験豊富な相手に敬意を表して、リネットは素直にうなずいた。

 その日と翌日は、ぽっかり時間が空いた形になった。 ハワードは、朝のうちにあわただしく済ませた商談を、もう一度じっくり詰めるということで、リネットとホテルの食堂で軽く昼食を取った後、さっさと出かけてしまった。
 暇になったリネットは、自分の部屋に戻って、家から持ち出してきたスペインの地図をじっくり眺めた。
「ここがサンタンデール。 この真ん中辺がマドリッドで、ここがバルセロナ……」
 広い。 改めて、たった一人で飛び出してきてしまった自分の無謀さが身にしみた。

 夕方、リネットがロビーの長椅子に座ってさりげなく待っていると、七時過ぎにハワードがきびきびとした足取りで入って来た。 リネットはほっとして、立ち上がった。
「仕事はうまくいきました?」
「まあまあだ」
 ステッキを左から右へ持ち替え、ハワードは不意に思いついて言った。
「夕食ぐらいは豪華にしようか。 いい海鮮料理を食べさせる店があるんだが、貝や魚は食べられるか?」
「ええ! ムール貝や海老なんかは大好き!」
 リネットは大喜びで笑った。




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背景:トリスの市場
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