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リネットの海
6
やがて真顔に戻ると、ディーディーは縮れっ毛を揺らしてリネットに首を近づけ、頬にキスした。
「ありがとう。 私にだけは出発を知らせてくれたのね」
「一番の親友だもの。 告げ口しないし、お説教もしないって、信じてるもの」
「でもやっぱり心配よ」
いきいきした顔をぎゅっとしかめて、ディーディーは少し考えた。
「待って。 うちの屋根裏部屋に行けば、使えそうなものがいろいろあるわ。 ひいおじいちゃんがシェラレオネで戦ったときのサーベルとか、父さんが閲兵式で被った熊皮の帽子とかね」
サーベルは長すぎて持っていけないとは思ったが、好奇心も手伝って、リネットはディーディーの後について裏口から入り、回り階段をこそこそ上って行った。
屋根裏部屋は素敵だった。 古い家具や長持、ひびの入った鏡などが雑然と並び、埃と古い花束の入り混じったかすかにかび臭い匂いがした。
二人の少女は、声を殺して囁き合いながら、入れ物とみると片っ端から開けてみた。 無造作に置かれた樫の木箱から軍服が出てきたときには、ディーディーのほうが大喜びだった。
「見て見て! これを着て、『最後の擲弾兵〔てきだんへい〕』のプレスコット少尉役をやったら、すっごくさまになると思わない?」
「ともかく、旅行には着ていけないわ」
にべもなく言って、リネットは他の箱をごそごそ探った。 そして、目ぼしい物を見つけた。
「あ、この小さな旅行鞄いいわね。 サイズが手ごろで、重くないし」
「気に入った? ぜひ持っていって。 私の愛の形見だと思って」
演劇部のディーディーはすっかり空想の世界に入りこみ、軍服を胸に当ててうやうやしく一礼した。
「お嬢様、お手をどうぞ。 永遠に都を去る前のラストダンスはこのわたしと」
「ええ喜んで。 こんなに豪華な舞踏会でも、あなたの凛々しいお姿しか目に入りませんでしたわ」
リネットもすぐ乗る性質だから、しとやかぶって立ち上がるなり、軍服の上着を羽織ったディーディーと踊り出した。
「ラッタッタ、ラッタッタ」
「一目見た〜その日から〜この心〜狂おしく〜♪」
「はいラッタッタ」
流行のワルツを口ずさみながら、二人は衣装箱につまずき、よろけて倒れるまで、陽気に回りつづけた。
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トリスの市場
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