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リネットの海  3



 国際電話網はまだない時代だ。 リネットは執事のウォルバーグに頼んで、ハリナムの町から父に電報を打ってもらった。

 五日経っても返電はこなかった。 その間に、ビール工場の支配人ストリンガーの手で、葬儀の支度はしっかり整えられていた。
「もうこれ以上は待てません。 おそらく社長は海に出ていて、なかなか連絡が取れないのでしょう。 心苦しいですが、葬儀はきちんと済ませませんと」
 泣き腫らした眼で、リネットは空を覆っている灰色の雲を見上げた。 父はどんなに悲しむだろう。 最後に母の顔を見られずに永遠の別れとなったことを知ったら。
 だが、誰かが決断しなければならなかった。 悲報を知らされた親戚が三人駆けつけていたが、一人は母の妹のおとなしいキャサリンで、ハンカチを手に泣いてばかりいたし、後の二人はジョンソン夫妻といって、父の従兄弟にすぎず、クラリッサには二度ほどしか会ったことがないそうで、葬儀を取り仕切れる力も、その気もなかった。
 夕方までぎりぎり待った後、リネットは決断した。 ストリンガーの言う通りだ。 明日、葬儀を行なおう。


 夏なのに、その日は太陽が姿を見せることはなく、朝から冷え冷えとしていた。 そして、棺が教会から運び出されるとき、銀糸のような細かい雨が音もなく降り始め、参列者の肩をぬらした。
 近くの住人はほとんど来てくれたのに、なんとなく寂しい葬儀だった。 おそらくそれは、もっとも肝心な人、夫マーカスの姿が最後まで現れなかったためだろう。


 ジョンソン夫妻は、翌日にはそそくさとリヴァプールへ戻っていった。 キャサリンも、そう長い間家を空けることはできないと、三日後に汽車に乗った。
 リネットは、ハリナムの駅まで見送りに行った。 タラップに上がる前、キャサリンは姉の思い出話をしてまたひとしきり泣き、黒いレースの手袋をはめた手で、リネットの指を握りしめた。
「マーカスはいい人だけれど、女の子には何が必要かわかっていないようだわ。 寂しくなったら、いつでもうちにいらっしゃいな。 未亡人のわび住まいだけど、あなたが来てくれたら歓迎するわ」
 親切な申し出だった。 リネットは心から感謝したが、行く気は全然なかった。 キャサリンの屋敷はコヴェントリの外れにあり、はっきり言ってまったくの田舎だ。 眠くなるような田園風景が広がっているだけの郊外は、元気があり余っているリネットには向いていなかった。

 それでも、汽車がゆっくりと駅を離れ、窓からハンカチを振る叔母の姿が次第に小さくなっていくと、リネットは鼻がツンとなるのを感じた。 やっぱり寂しいし、心細かった。
 お父様は、席の温まる暇のない探検家マーカス・チェンバースは、今この時間、いったいどこにいるんだろう。




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