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リネットの海
2
「お父様ひとりで見つけたの?」
「いや、大学で同期だったパーシー卿との共同作業だ。 積荷の金塊が見つかれば大儲けだが」
たっぷり収入のあるマーカスは、余裕で微笑んでみせた。
「たとえ失われていても、大発見には変わりない。 歴史的資料がたんまり沈んでいるはずだ。 わくわくするよ」
これから延々と続く引上げ作業を思って、マーカスの灰青色の眼は宝石のように輝いた。
そんな、猫の手も借りたいほどの時期に、マーカスが万難を排して戻ってきたのには、わけがあった。
夫人の、つまりリネットの母親のクラリッサが、一時危篤状態に陥ったのだ。
病名は、脚気〔かっけ〕だった。
今はビタミンB不足が原因とわかっているが、当時は意外な難病で、死亡率も高かった。
もともと体の弱かったクラリッサは、この病のせいで足が動かなくなり、最近では車椅子を使っていた。 それでもたまに気分のいい日があって、馬車で散歩に出かけたが、運悪く夕立に遭ってしまった。
幸い、マーカスが戻る三日前、熱は下がり、クラリッサは元気を取り戻した。 かかりつけの医者も、この分ならまた少しずつ歩けるようになるかもしれないと言うほどの快復ぶりで、マーカスは安心して、再出発の準備を始めた。
「お母様を頼むよ」
ラフな上着とつぶれたハンチング帽という、およそ身なりをかまわない姿で、マーカスは玄関で見送るリネットにそう言い残し、測量儀と共に馬車に乗った。 朝から雨が降った後の晴れ模様で、遠ざかっていく馬車の周りは、むせるほどの草いきれだった。
一週間後、母の容態が一変した。 深夜にもかかわらず、医師のグリーヴは電話で駆けつけてくれたし、できる限りの処置をほどこしたのたが、力及ばなかった。
明け方、わずかな時間だけ、クラリッサは昏睡状態から醒めた。 そして、すぐそばに見える娘の青い顔を見分けると、かすかに呟いた。
「待ってる……だけの人生……なんて、つまらないわ。
あなた……は、好きに……生きなさい。 あなた……なら……そうできる……」
それが、クラリッサの最後の言葉となった。
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トリスの市場
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