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――ラミアンの怪物――
Chaptre 68
しかし、敵は一筋縄ではいかない。 尻尾を掴めないままに、時間が過ぎていった。
このままでは妃の黒い計画が成功して、その子供が跡継ぎに納まってしまう。 絶対に許せない! いざとなったら、刺し違えても妃ごと暗殺するつもりで、ガランスは準備を整えていた。
だが、そこに奇跡が起きた。 誰もが諦めていた正当な跡継ぎ、ヴァランタンが立派に成長して戻ってきたのだ。 しかも彼は、智恵と勇気を働かせて、次々と犯人の意図を暴いていった。
姫を救えなかった分、この人を必ず守り抜く。 そう心に決めて、ガランスは寝室を密かに抜け出し、地味な服に着替えて、ヴァランタンの後をそっとついて回っていた。 だからこそ、最後の危機で間に合うことができた。
あの夜、物陰からオーレリーの声を耳にし、上の階にいると悟ったとたん、ガランスは全速力で引き返して、西の階段を駆け上った。 そして、ぎりぎりで間に合った。 新しい矢をつがえて、オーレリーが肘を張った瞬間、あらゆる憎しみをこめて突き飛ばした。
転がり落ちていく女悪魔と、一瞬だけ視線が交錯したのを覚えている。 あっけに取られた大きな眼は、すぐに回転する体の下に隠れてしまった。
もう全てを悟られているんだ、と、ガランスは思った。 姫との思い出から、悲劇から、そして、報われない恋から逃げようとしたが、逃げ切れなかったことも。
自由な方の手をおずおずと伸ばして、ガランスはヴァランタンの首筋に触れた。
初めて抱き寄せたときのたまらない感動が、どっと蘇ってきた。 そのまま、ガランスは空中に身を投げた。 冷たい雪道へではなく、暖かい男の腕の中へ。
トネリコの木のように身をからめ、頬ずりとキスを繰り返している恋人たちに、レジスは苦笑を投げて、そっと言った。
「荷物は、ほれ、この切り株に置くよ。 濡れないようにな。 そちらの若旦那もお元気で。 誰だか知りませんが。 それじゃ」
機嫌を直した馬は、ぽこぽこと呑気に歩き始めた。 馬車は揺れながら遠ざかり、やがて森の外れに消えていった。
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ガランスと二人、ルフーの背中に乗って、ヴァランタンは夕刻になってからようやく城に戻ってきた。
父の伯爵は、すぐに二人の仲を許した。 ガランスが身持ちのいい忠実な娘だということは、城中に知れ渡っているし、何よりもヴァランタンが、彼女に首ったけだったからだ。
「わしの息子は、世知のある気のきいた男に育った。 それはいいが、貴族の心得は何も知らない。 ガランスが傍についていれば、いろいろ気をつけて恥をかかさないようにしてくれるだろう。
ミシェル、おぬしとジャン・ピエールにも頼む。 ヴァランタンを補佐して、ちゃんとした跡継ぎに仕上げてやってくれ」
「あの方は、既に心根が貴族です。 生まれつきの魂をお持ちなのでしょう」
ミシェル・ラプノーは穏やかに答えた。
それから、ちょっと残念そうに付け加えた。
「実を言うと、ガランスにはわたしも心惹かれておりました。 ですが、相手がヴァランタン様なら、潔く祝福します」
「そうだったか。 いや、おぬしほどの威丈夫なら、他にいくらでも素晴らしい相手が見つかるだろう」
「ならいいのですが」
曖昧〔あいまい〕に微笑んで、ラプノーは一礼し、闊達〔かったつ〕にブーツの音を響かせて、夜の見回りに庭へと出ていった。
一方、弟のジャン・ピエールは控えの間で、泣きじゃくっているコリンヌを懸命に慰めていた。
「あんまりだわ。 あんなに誠実そうな顔をして、君だけがすべてだなんて毎日のように言っていて、本当は私から姫様の様子を訊き出すのが目的だったなんて」
「あの兄妹は人でなしだ。 悪魔だったんだ。 騙された君が悪いんじゃない」
小さく咳き込みながら、コリンヌはジャン・ピエールから渡されたハンカチで鼻をかんだ。
「ほんとにそう思う?」
「思うとも。 それに、クレマン、じゃない、ティモテだって、真剣に君を好きだったかもしれないし。 いや、きっとそうだよ」
「やさしいのね」
もう一度盛大に鼻をかむと、コリンヌは濡れた眼を上げてにっこり微笑んだ。 ここぞとばかり、ジャン・ピエールは膝を寄せて、コリンヌのすぐ横に体を近づけた。
「もう忘れなよ。 あんな悪党なんて。 ここにほら、君にふさわしい男がいるじゃないか」
ハンカチを小さく畳みながら、コリンヌは少しためらっていた。
だが、ブルーグレイの眼は、すでに光を取り戻しかけていた。 やがてコリンヌは 心を決めて、ジャン・ピエールの胸にふんわりともたれ、そっと目を閉じた。
【完】
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