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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 66

 粗末な幌馬車は、小舟のようにゆらゆらと揺れながら、ぬかるみの道を進んでいった。
 両側をゆったりと行き過ぎる野原と畑は、新雪に包まれていた。 おかげで不ぞろいな切り株や倒れた枯草が目につかず、雪の結晶に午前の太陽が光を投げて、広々とした景色全体を真っ白な絨毯のように美しく輝かせていた。

 座席の木材が固いので、薬屋のレジスは隣りのガランスに気を遣って、色あせた毛布を下から引っ張り出して渡した。
「長く坐ってると痛いだろう。 これでも敷きな」
「ありがとう」
 夢見るような瞳を向けて、ガランスは丁寧に答え、毛布の上に座りなおした。 その表情は明るく、幸せそうにさえ見えた。
 大事な馬にそっと鞭を置いて方向を換えた後、レジスは尋ねてみた。
「熊の正体がわかって、お城はお祭騒ぎだったのに、なんでこんなとき故郷へ帰るんだね?」
「もう私の仕事はないから」
 いかにも当然という様子で、ガランスは答えた。
「悲しい事件だったけど、終わってみれば若殿が見つかるし、殿様も元気になられて、お城から災厄が去ったわ。 これからは領地がもっと栄えるでしょう」
「若殿ねえ。 いい男っぷりだという話じゃないか。 気持ちは動かなかったのかい?」
 何も知らない薬屋にからかわれても、ガランスの穏やかな笑顔は消えなかった。
「身分が違うもの。 それよりね、私、好きな人にキスしたのよ」
「へえ」
 薬屋はニヤニヤ笑った。
「それはよかったね」
「ええ。 一度だけだけど、胸がどきどきして、夢みたいに心が舞い上がったわ」
「そうだとも。 わしだって若い頃は、しょっちゅうその手の夢を見たもんさ」
「しょっちゅう? 私は無理。 あの思い出だけで、一生暖かい気持ちよ」
「純情なんだね、ガランス」
 ちょっぴり父親のような気持ちになって、レジスは鼻を鳴らした。
「片思いかい?」
 膝に頬杖をついて、ガランスは大きくうなずいた。
「彼は私だと知らないの。 別の人と間違えてたのよ。 でも、それでよかった。 本当の私は、見たとおり、ただの小娘だもの」
「いやいや、きれいだよ、おまえさんは」
 お世辞でなく、レジスは心からそう言った。

 やがて、うっそうとした森が見えてきた。 レジスは馬を軽く叩いて右に曲がり、迂回路を取った。
「森を突っ切りゃ近道だが、山賊だの獣だのうようよしていて、あぶないあぶない。 あんたもこっちのほうがいいだろう?」
「ええ、もちろん」
 ガランスがのんびり答えたとき、背後から凄い勢いで蹄の音が近づいてきた。






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