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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 62

 あまりの驚きに、ヴァランタンはとっさに反応できず、数秒ほどぼんやりと、動かない塊となったオーレリーに視線を釘付けにしていた。
 やがて、はっと気づいて階段の上に目をやった。 だが、そこには誰もいなかった。 廊下の端に取り付けられた松明の火が消えかけて、弱く揺れているだけだった。

 緊張が解けてよろめきながら、なんとかヴァランタンは壁に手をついて階段をよじ上り、命の恩人を見つけようとした。 しかし、影はすでに立ち去ってしまって、見渡す限り無人の廊下が続いていた。
 まさに瀬戸際だった。 死ぬしかないと、一度は覚悟を決めたのだ。 割れるような動悸を感じながら、上るとき以上に苦労して降りてくると、ヴァランタンは床に膝をついて、うつ伏せになったオーレリーを引き起こした。
 彼女はまだ、かすかに息があった。 揺さぶられると、うっすらと瞼を上げた。
 焦点の定まらない視線が、ヴァランタンの顔をさまよった。 こんなときでも春先の菫を思わせる、美しいブルーの瞳だった。
「……まさか……」
 最後の息を振り絞って、オーレリーは囁いた。 どうしても口に出さずにはいられないようだった。
「……あの女が出てくるなんて……」
 眼が半眼になり、やがて閉じた。
「……なぜ……?」

 疑問を置き去りにしたまま、女は息絶えた。


 死んだのをしっかり確認して、ヴァランタンは立ち上がった。 体の節々が痛み、十年は年取った気分だった。
 あの女……転がり落ちていくオーレリーの目に、背後の影はそう映った。 たしかに、ヴァランタンにも女性に見えた。 長いスカートをまとった、ほっそりした影に。
 城には大勢の女性がいる。 ヴァランタンを救った女は、すぐ階段を下りて名乗りをあげてもいいはずだった。 大手柄を立てたのだから。 しかし、影は無言で姿を消し、あとかたも残さなかった。


 もう長い階段を上り下りするのが嫌だったので、ヴァランタンは父の部屋へ引き返し、侍従たちを呼んできた。 二人は、階段の上がり口に横たわるオーレリーと傍に転がった石弓を見て、迷信的な恐怖に襲われ、もじもじと後ずさりした。
「大丈夫だ。 完全に息絶えている。 だが、最後まで油断できない女だった。 どこか空き部屋に運んでおいてくれ」
「かしこまりました」
 二人は頭を突き合わせて相談を始めた。 そして、一階上に持っていって、廊下の突き当たりにある戸外の回廊に出そうということになった。
「外に放り出しておきたいです。 同じ城内にあるのは、たとえ遺体でも気味悪いんで」
「そうだな、そうしてくれ」
「はい!」
 大した距離ではないため、二人はオーレリーを抱えて、急ぎ足で上の階へ向かった。






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