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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 61

 冷たく、強い声だった。
 ヴァランタンは、動きを止めて、素早く見上げた。
 本階段は、建物の真ん中に作られているため、螺旋状ではない。 一番上までしっかりと見通すことができた。
 その最上部に、オーレリーが立っていた。 小型の石弓をヴァランタンの胸に向けて。

 石弓は、普通の弓のように腕力を必要としない。 バネ仕掛けになっていて、矢を引っかけてから的を絞って撃つと、ほとんど百発百中になる。 しかも、相当強力だった。
 ヴァランタンの脳裏を、稲妻のように考えがよぎった。
――この女は逃げたんじゃない。 俺を殺すために脱獄したんだ。 大切な兄の復讐をするために!――
 蛇が蛙に狙いを定めるように、オーレリーはヴァランタンに視線を据えたまま、ゆっくりと舌なめずりした。
「なんて運がいいんだろう。 お前ひとりで夜の廊下を歩いているなんて。 これはきっと、お前に殺された兄さんのお導きに違いないよ」
 ヴァランタンは無言だった。 目も体も動かさなかったが、頭は忙しく巡らしていた。
――どちらへ飛ぼう。 壁のある左か、それとも階段を駆け下りていける右か。 右のほうが逃げのびる率は高いが、距離がある。 左だと、すぐ身を隠せるが、長い廊下を走っている間に後ろから撃たれる――
 チャンスは、オーレリーがしゃべっている間だけだ。 できるだけ彼女を刺激しないで、勝ち誇らせておくしかなかった。
「この城は、私たち兄妹のものになるはずだったんだ。 お前のほうこそ乗っ取りだよ。 こんなに遅くなってから不意に現れて、わたしこそ正式な跡継ぎですってかい? ふざけるな! お前なんかにいい思いをさせてたまるか」
 ヒュッと鋭い音がして、矢がヴァランタンの足元を襲った。 瞬時に右足を引いたが、矢はふくらはぎをかすめて、浅い傷を作った。
「逃げるのがうまいねえ。 一思いに殺すのはもったいないから、少しずつ傷をつけようかと思ったが、うまくよけられるんじゃ面白くない。
 さあ、お前の運もこれでお終いだよ。 兄さんに続いて、地獄へ行きな!」
 石弓がゆっくり上がって、ヴァランタンの胸のど真中に狙いを定めた。
 ヴァランタンは覚悟した。 どう逃げても、体のどこかに矢がささる。 せめて右の脇腹にして致命傷を避けようと、左に思い切って跳んだ。

 同時に、予想もしなかったことが起こった。 階段の上に、すっと黒い影が現れて、オーレリーを背後から、力任せに突き飛ばした。
 オーレリーは完全に不意を突かれた。 わっと口が開き、かすかな声が上がった。
 その声がまだ空中に残っているうちに、オーレリーは鈍い音を立てて石段を転げ落ち、ぼろ布のようにくしゃっとなって、ヴァランタンの前に倒れ伏した。






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