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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 59

 牢を出たラプノーは、長い螺旋〔らせん〕階段を上りながらヴァランタンに話しかけた。
「意外にぺらぺらとよくしゃべりましたな。 すべての秘密を地獄へ持っていくかと思いましたが」
「自慢したかったんだろう。 自分たちの鮮やかなやり口を」
 ヴァランタンの声は苦く響いた。
 しばらく黙って階段を上がった後、大広間の手前でラプノーは立ち止まった。
「若様は殿様にご報告に行かれますね? わたしはちょっと用事がありますので、ここで失礼します」
「姫へ……ブランシュへ話しに行くのか?」
 ぎこちなくヴァランタンが尋ねると、ラプノーの目が泳いだ。
「あ、いや……詳しいことは後でゆっくり説明いたします。 それでは」
 頭を下げて、ラプノーは逞しい中にも優雅な足取りで、更に上へと階段を踏みしめていった。

 父の部屋へ向かいながら、ヴァランタンの心は穏やかではなかった。 首に巻きついた柔らかい腕と、ふっくらした唇の感触が、思い浮かべるたびに胸を激しく揺すぶる。 これは恋だ。 はっきりわかっていた。
――今さら妹といわれたって、この心が承知しない。 だいたい俺は、自分がここの跡継ぎだなんて一度も考えたことはなかった。 ジプシーたちの噂がここに来るきっかけにはなったが、よくて下級貴族の息子の一人ぐらいだろうと期待しただけだ――
 親がわかって嬉しい。 城の跡継ぎの身分は夢のようだ。 だが、それ以上に戸惑いは深かった。
 城に仕えて事件の謎を解き、手柄を立てて侍従にでもしてもらってから、ゆっくり親を探そう、という彼の計画は、思わぬ形で引っくり返されてしまったのだった。

 憂鬱な表情のまま、ヴァランタンはユステール伯の部屋をノックした。
 伯爵は、暖炉の前に椅子を置き、ワインの盃を傾けていた。 侍従に扉を開けてもらってヴァランタンが入っていくと、どこか悲しげな微笑を浮かべて、彼にも椅子を勧めた。
「お坐り。 血のつながった息子とこうして酒を酌み交わすのが、おまえの生まれたときに抱いた夢だった」
 言われたとおり、ヴァランタンは静かに椅子を引いて坐った。
 若いのにすっかり節くれだった指や、手の甲に幾筋もついた古い傷痕を視線でたどって、伯爵は感慨深げだった。
「苦労したのだろうな。 子守り達が目を離した隙に、おまえが庭園からふっと消え、何週間も探した末に森で子供の死体を見つけたときは……」
 額を手で押えて、伯爵は呻いた。
「前の妃は五人子を産んだが、名前を付けるまで生き延びたのが三人。 結局、男と女一人ずつしか生き残らなかった。 だからどちらも可愛くて、大切で、母親が五人目と共に命を落としたとき、せめておまえたちは母の分まで長生きするようにと、形見のペンダントを二つに割って、それぞれにつけてやった」
 指の間から、涙が頬にしたたり落ちた。
「あきらめきっていたものが、十五年も経って現れるとはな。 嬉しすぎて、かえって実感が湧かぬ」
 こっちはもっと落ち着かない、と、ヴァランタンは、まだ他人のようにしか思えない父を眺めて考えた。






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