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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 58

 オーレリーは勝ち誇ったように話を続けた。
「人手が足りないんだ。 入れ替わるしかないだろうが。 剣戟〔けんげき〕が終わって壁に寄りかかったジャキヤが、すっと服から抜け出して、熊の毛皮を着たのさ」
「そんなことが……」
 できるものかと言いかけて、ラプノーは考え直した。 舞台は薄暗かった。 それに、壁にもたれた相手役のほうは、ブカブカのマントを身にまとっていた。 脱いだ服が崩れ落ちないよう、突っかい棒を入れておけば、やれないことはないもしれない。
「紐と、折り畳みの木枠。 それがあればできる。 ハローウィンの夜の見世物で、闇に幽霊を舞わせるときに使ったことがある」
 ヴァランタンが重く呟いた。
 オーレリーはゆっくりと頷いた。
「その通り。 何度も練習したよ。 あの、人の近づかない水晶の間で。 それから村で、試しに実演をしたのさ」
「青猫亭で!」
「そうとも」
 オーレリーの眼が怪しく光った。
「あのバカ亭主、金貨に目がくらんで、階段の下であたしが服から抜け出したことも、女中部屋へ行って甘い声で鍵を開けさせて誘い出したことも、なーんにも気付かなかった。 わざわざ糸を使って、女中部屋を外から密室にしてやったけど、わかったのかねえ。 あやしいもんだね」
「お前たちは、殺しの予行演習までやったんだな!」
 嫌悪で、ラプノーの声がかすれた。
 オーレリーは平然としていた。
「そうさ。 鈎爪の形をした武器なんて初めて使うんだ。 どれぐらい強く切れば相手が死ぬか、やってみなきゃわからないじゃないか」
「この人非人!」
 振り上げたラプノーの手を、ヴァランタンが押えた。 そして、小声で囁いた。
「最後まで話を聞こう。 殴りたい気持ちはわかるが、まだ謎が残っている」
「……はい」
 しぶしぶ、ラプノーは腕を下ろし、凄い目つきでオーレリーを睨んだ。
「それでは、舞台の横に作ってあった隠し壁、あれは実際には使われなかったんだな」
「そう、あれも目くらましさ。 熊が本当にいて、あそこから逃げたと思わせるためのね。
 毛皮は畳んで、舞台の台に押し込んで運んでいった。 皮だけなら軽いもんだ」
 そこで息を継いで、オーレリーはぐっと伸びをした。 顔がいきいきと輝いた。
「久しぶりの舞台は楽しかったなあ。 ティモテもそう言ってた。 兄さんは芸達者だろう? 剣術がうまいし、早替わりや腹話術も天下一だ」
「お前達三人とも、芝居が上手だよ」
 ラプノーがあしらった。
「足かけ四年間、しおらしい妃に忠実な部下、気のきく侍従の役をやりおおせてきたんだからな」
「それもけっこう楽しかったよ」
 オーレリーはしゃあしゃあと言った。







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