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――ラミアンの怪物――

Chaptre 53

 入り乱れた足音が廊下を走ってきた。 呼び交わす声が聞こえた。
「どこだ、今の叫び声は!」
「確かこの辺りだと思うんですが!」
 ジャン・ピエールは、あまりの急展開についていけず、茫然となっていた。 だが、外の騒がしい物音でようやく我に返り、戸口に近づくと、兄の遺骸に取りすがっているオーレリーを引き起こした。
 少し身をもがいたものの、オーレリーはほとんど抵抗しなかった。 その瞳には涙がなく、乾いていたが虚ろで、何も映ってはいないようだった。
 メイヨーが遺骸を横に動かし、扉を開いた。 そして、部下を連れて廊下を駆け回っていた兄のラプノーに呼びかけた。
「ここです! ジャン・ピエール様が犯人を捕らえました!」

 たちまち、どやどやと入り込んだ兵士たちに、オーレリーは取り囲まれた。
 ミシェル・ラプノーは、戸口に倒れた死体を一瞥した後、難しい顔をして弟とメイヨーを順々に眺めた。
「よくやった! と言いたいが、どういうことだ。 なぜ集合命令を守らず、この部屋に入った?」
 メイヨーが素早く説明した。
「ご命令を伝えようと隣りの部屋へ行ったとき、こちらで音がしたのです。 それで、もしやと思い」
 ジャン・ピエールも急いで付け足した。
「こいつらは仲間でした。 どうやら手品師らしいです」
 後の経過は、メイヨーが引き受けた。
「クレマンが我らを押しのけて無理に飛び込んだのは、猿芝居をしている間にこの女をあの衣装箱に隠すためだったんです」
「芝居? さっきの騒ぎが?」
 ミシェル・ラプノーの額が曇った。 そして、遺骸に歩み寄ると、仰向けにして侍従の制服をはだけた。 その脇腹には矢の刺さった跡はなく、細い擦り傷があるだけだった。
 鼻息を荒くして、ラプノーは体を起こした。
「そうか、矢を脇に挟んで、射られたふりをしたのか」
「この男は、クレマンという名前ではありません。 本名は、ティモテ・バトン。 オーレリーの兄です」
 周りを固める部下たちに、異様なざわめきが走った。 その一人が、遠慮がちに呟いた。
「呪い人形の兄? 何年も前に森で殺されたはずじゃ?」
 メイヨーが沈んだ声で答えた。
「ジプシーは森を知り尽くしています。 山賊とも取引があるんです。 そう簡単に殺されはしない」
 人々の視線は、次第に妃だと思っていた女に集まりはじめていた。
 別の一人が震え声を出した。
「じゃ、お妃様はお妃様じゃなくて……」
 再び窓があいて烈風が吹き込んできたかのように、部下たちはじわじわと後退して、『呪い人形』から少しでも距離を取った。






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