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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 52

 オーレリーがバランスを失うと同時に、ジャン・ピエールは立ち直った。 激しく瞬きを繰り返し、両足を強く踏ん張ると、剣をあわてて元のとおりに構えた。
 だが、そこに一瞬の空白が生まれた。 さっと剣先から身をよけたクレマン、いやティモテは、妹の手を掴んで、扉に突進した。

 ドアの取っ手にティモテの指がかかったとき、メイヨーは決断した。 この距離だと、追いすがってもスルリとまた逃げてしまうだろう。 もうこの悪魔をのさばらせるわけにはいかない。 事件の暗い秘密の大部分が闇に葬られることになろうが、仕方ない。
 指に渾身の力を込めて、メイヨーは短剣を投じた。 磨きこまれた短剣は、一直線にティモテの背中目がけて飛び、深々と突き立った。

 ティモテは、わずかに伸び上がった。 それから、胸を押えて半回転し、がくっと床に膝をついた。
 彼の口からは、何の音も漏れなかった。 叫んだのは、オーレリーだった。
 笛のような細い呻きが、やがて咆哮に変わった。 薄闇のしじまに響きわたるその声は、断末魔の悲鳴に似て、聞き手の神経を逆なでした。
「兄さん! ……ティモテ、ティモテ!……」
 メイヨーは、無表情のままで倒れた男に近寄り、背中から短剣を抜き取った。 すると、せき止められていた血が一挙にほとばしった。
 テイモテは頭を扉に寄りかからせ、短く息を吐いた。
「とうとう死神に取っ捕まったか」
「殺せば、殺されるんだ」
 メイヨーは静かに言い、ティモテの上着で短剣を拭った。
 うっすらと目を開いて、ティモテは微笑もうとした。
「こんな小僧っ子にしてやられるとはな。 おまえ、名前は何という?」
「メイヨー。 アンリ・メイヨーだ」
 メイヨーだって? と、ティモテは呟き、不意に噴き出した。 喉がごろごろと鳴り、咳が連なった。
 その体に覆いかぶさって、オーレリーが呻いた。
「兄さん!」
「聞いたか? アンリ・メイヨーだとよ」
 苦しい息の下で、ティモテはクックッと笑いつづけていた。
「俺たちの憧れだった男の子だ。 こいつがあの、取り替えっ子か」
「なんだと?」
 床に立て膝をついたメイヨーの体が緊張した。
 弱くなった声で、ティモテは嘲るように続けた。
「有名な話さ。 知らねえのは、本人のお前だけだろうな。
 占い師のホセフィーナはガキを病気で失くした。 で、お告げに従って、子供をさらってきたのさ。 子供の服は死んだガキに着せて、森に置いてきた。 あっという間に獣が食って、見分けがつかなくなるように。
 立派な服だったそうだ。 ピカピカの絹で、レースがついてたんだとよ。 その話を聞いて、俺たちは夢みたもんさ。 金髪の俺たちはきっと王家の出身なんだ、いつか本当の親がわかって城から迎えが来るんだって」
 徐々にティモテの体が前に倒れかかっていった。 それにつれて、抱きしめているオーレリーの腕も、床すれすれになった。
「ティモテ……大事なティモテ……」
 オーレリーの髪を止めていた網が切れて、自慢の金髪が肩を覆った。 弱りきって、もう息になった声が、腕の中に消えた。
「真っ暗だ。 もう夜になったのか……?」
 ずるっと男の体がすべった。 オーレリーの腕ではもう支えきれず、ティモテの頭は鈍い音を立てて床に落ちた。






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