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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 51

 もう松明の灯りがともっていないため、部屋は夕暮れのような暗さに戻っていた。
 だが、追っ手の二人はしばらく衝立の陰にいたせいで、暗がりに目が慣れていた。 それで、ジャン・ピエールが素早くクレマンに長剣を差しつけると同時に、メイヨーが横に飛んで、戸口への逃げ道をふさいだ。

 不意を打たれた兄妹は、女のほうが一瞬速い反応を見せた。 はっと息を呑んだ次の瞬間、シモーヌならぬオーレリーは、キツネのように体を丸めて飛びすさった。 その手はしゃにむに背後を探り、衣装箱の上に置いた小さな弓を取ろうとした。
 すぐにメイヨーが、ジャン・ピエールに借りた短剣をぱっと持ち替えて、叫んだ。
「触るな! それ以上ちょっとでも身をかがめたら、こいつが胸に突き立つぞ!」

 オーレリーの手が止まり、ゆっくりと指が広げられた。 そのままの姿勢で肩をすくめて、彼女はむしろ明るい声で言った。
「ふーん。 やるじゃないか。 どうしてあたしが外に逃げたんじゃないとわかったんだい?」
「すり替えの基本だからさ。 カードを切るとき、左手を派手に動かして客をひきつけ、その隙に、右手でこっそり取り替える。 あのやり口だ」
 油断なく短剣を構えたまま、メイヨーは顎で衣装箱を示した。
「この男が一人芝居を演じている間に、あそこへもぐり込んだんだろう? その後で弓を射て、女の声を使ったのは、すべてこの野郎だ」
 オーレリーの白い顔を、皮肉っぽい微笑がかすめた。
「手品のからくりをよーく知ってるね。 もしかして、仲間じゃないのかい? 裏切りの代償は高くつくよ」
「お前たちは仲間じゃない」
 メイヨーは憎しみを込めて言い返した。
「お前らは外道〔げどう〕だ。 勝手に仲間を抜けて、異教徒の男たちと結婚を繰り返し、簡単に殺した。 そのせいで、仲間がどれほど迫害されたか!
 いいか、五年前に大親分が下した処罰を教えてやろう。 見つけ次第に喉をかっ切れ、だ」
「やってごらん!」
 首をそらせて、オーレリーは高笑いした。 その姿は不思議な自信にあふれ、危うい魅力に満ちていた。
「あたし達には、地獄の精のご加護があるんだよ。 ちんぴら二人であたし達を捕らえようなんて、身のほど知らずってもんさ!」
 言葉と同時に、ジャン・ピエールの長剣が、小さな弧を描いてゆらぎ始めた。 驚いたメイヨーが見ると、目にかすみがかかったようになって、焦点がぼやけていた。
――まずい。 女と視線を合わせてしまった。 術にかけられたな! ――
 とっさにメイヨーは、短剣の鞘を左手に持ち、礫〔つぶて〕代わりにオーレリーへぶつけた。






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