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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 50

 その嘲〔あざけ〕りを聞いて、ジャン・ピエールは顔を真っ赤にした。 今にも衝立を倒して飛び出しそうなので、メイヨーは急いで袖を引き、首を大きく振って止めた。
 自分たちしかいないと思い込んだ悪者たちは、動き回りながら口早に話をしていた。
「どうしたんだ? ジャキヤのやつは襲撃に失敗して殺されたっていうし、おまえはおまえでこんな所に逃げ込んで。 ジャキヤが口を割って正体をばらしたのか?」
「そうかもしれない」
 シモーヌとして知られていた女が、忌々しそうに吐き捨てた。
「妙な声が聞こえてきてさ、あたしに呼びかけたんだよ。 『オーレリー、うまく呪いから逃れたな』って、不意にさ」
「それでうろたえちまったのか。 おまえらしくもない」
「だって!」
 オーレリーはむきになった。
「四年だよ。 ずーっと上品ぶって芝居してきて、まったくばれなかったんだもの。 いい加減安心してたさ。 それなのに」
「まあいい。 過ぎちまったことをあれこれ言ってもしょうがねえ。 それより、これからどうする?」
「あたしはしばらく、ここに隠れるよ。 奴らはあたしが外に逃げたと思ってる。 だから、この部屋が一番安全だ」
「夜になったら食い物を持ってきてやる。 腹ごしらえをすませて、西の塀から逃げよう」
「雪は止むかねえ? 足跡が残ったら、すぐに追っ手がかかるよ」
 ごわごわした布地を探る音がして、クレマンが何かを取り出した。
「ほれ、見ろ。 これがあるじゃねえか」
「ああ、そうだった!」
 女が、猫のように低く笑った。
「竹馬を履きゃいいんだね。 跡が小さいから、すぐ棒で揉み消せる」
「そうとも。 頭は生きてるうちに使えってよ」
 クレマンの声は活き活きしていた。 こいつらは悪事を働くのが本当に楽しいんだ、とメイヨーは悟った。
「じゃ、俺は怪しまれないうちに行くぜ」
「あいよ」
 戸口に向かいかけた足音が、ふっと止まった。
「ジャキヤの奴、屋上に吊るされてるってな」
「とんだ間抜けだよ。 熊でもドシ踏むし」
 女の声音には、一片の同情もなかった。
「冷てえな。 あれでも腹の子の父親だろう?」
「もうこんな子いらないよ。 ヒュクレの森の魔女に薬もらって、とっとと始末するさ」
 軽い足音が、男を追った。
「あたしには兄さんがいればいい。 他の男なんて、ただの道具だ」
 そうか、クレマンこそが、悪名高いバトン兄妹の兄、ティモテだったのか――メイヨーは、心の中で一人うなずいた。
「じゃ、荷物をまとめとくよ。 今夜までに」
「二時の鐘が鳴ったら、ここへ来るからな」
「二時だね。 待ってるよ」

「さあ、今です」
 メイヨーが素早く囁いた。 二人の若者はてんでに剣を抜き、衝立の右と左から、一斉に躍り出た。






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