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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 42

 姫の寝室では、ぴたりと天蓋を閉じたベッドの横で、ラプノーとシモーヌが向き合っていた。
 ジョゼットの腕に寄りかかったまま、シモーヌは細い声を振り絞った。
「そんなに怒鳴るなら、もういいわ。 このケープをあなたから、姫に渡してあげてちょうだい。 でも、そのいらいらした様子では、ブランシュ殿がうなされてしまうわよ」
「うなされるのは、あなたの方ではないですかな?」
 そう言葉を投げつけて、ミシェル・ラプノーはつかつかと窓に歩み寄り、両手で勢いよく鎧戸を開いた。
 とたんに、侍女のジョゼットがけたたましい悲鳴をあげて、目を覆った。

 屋根の上には、降りしきる雪がまだらに積もり始めていた。 時おり、強い風が吹き抜け、不気味な唸りを残していく。 だが、その音よりも更に背筋の凍るようなものが、窓枠の外に揺れていた。
 それは、吊るされた男の死体だった。 縄が腋の下を通って背中に回り、庇に結ばれて、大きな体を宙にだらんと浮かせていた。

 赤子のように無邪気な青さ、と形容された大きな瞳を、シモーヌはじっと死体に据えた。 ほとんど瞬きもしない。 顔はいかにも恐ろしそうに歪めているのに、瞳には何の表情も表れていなかった。
 ラプノーが、畳みかけるように迫った。
「ご覧あれ。 あなたの護衛官、ジャン・ルイ・ナダールだ。
 この男は音もなく部屋に忍び込み、枕を使って姫様の息を止めようとした。 このやり方なら跡は残りません。 前からの傷が悪化して亡くなられたということになったでしょう」
「まあ、怖い」
 小さく肩を震わせて、シモーヌは呟いた。 だがよく見ると、薄青い眼が光り、頬に赤味が射して、まるで喜んでいるようにさえ思えた。
「ナダールが本当にそんなことを? 不意に乱心でも起こしたのかしら」
「ふざけるな!」
 遂にラプノーは堪忍袋の緒を切って、凄まじい声で怒鳴った。

 シモーヌはきゃしゃな首をもたげ、真正面からラプノーの視線を捕らえた。 いつも儚〔はかな〕げな彼女が初めて見せた、たじたじとなるほどの眼光の強さだった。
「お下がりなさい! なんと無礼な! ナダールが姫に何をしようと、私には関係のないことです。 それとも、私が暗殺を命じたという証拠があるの? あるなら出してごらん。 さあ!」
 ラプノーは、ゆっくりと足を踏み代えた。 鋭い目が細まって、怒りの炎を燃やした。
「証人がいます。 あなたとナダールが水晶の間で、姫様殺しを密談していたのを聞いた男が」
 初めて、シモーヌの透明な瞳にかすかな動揺が走った。






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