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――ラミアンの怪物――

Chaptre 40

 続いて、男の厳しい声が、しんとした部屋の空気を貫いた。
「よく来られましたな。 ついにご本人が、姫へ止〔とど〕めを刺しに見えたわけですな」
 寝室へ入ったとたんにラプノーとぶつかりかけて、ひどく驚いたらしいシモーヌ妃だが、すぐに態勢を立て直した。
「え? 何ですって? 止めって……ラプノー殿、いくら殿に忠実なあなたでも、そんな恐ろしい言いがかりはゆるしませんよ!
 急に雪が降ってきて寒さが増したから、大怪我をした姫が心配で来てみれば、こんなひどい言葉を投げつけられるなんて……」
「奥方様、そんなに悲しまれますな。 不祥事が続いて、護衛の方たちは疑心暗鬼になっておられるのです」
 弱々しいすすり泣きに混じって、急いで飛んでいったジョゼットの慰める声が切れ切れに伝わってきた。
 ラプノーがしっかりと守護していてくれたことに胸を撫で下ろしながらも、メイヨーはシモーヌのあまりの白々しさに歯軋りした。
――なんて芝居のうまい女だ! まるで、あの悪名高い『呪い人形のオーレリー』そこのけだ。 天使のように美しい顔を使って、兄と組んで金持ちをたらしこみ、次々と殺して財産を奪っていった、あのオーレリーに…… ――
 それは、この近隣では有名で、特にジプシー仲間なら誰でも知っている極悪人の名前だった。 人形と仇名されているのは、手口に人間らしい情が感じられないからだ。 オーレリーは木を刈るように、いとも簡単に人を殺害した。 四年前、遂に悪運尽きて、森で自らも殺されたが……

 そこまで思い出して、メイヨーはぎょっとなり、目を見開いて、灰色の壁の一隅を穴の開くほど凝視した。
 だが、その目には、壁の姿は映っていなかった。 代わりに、以前養母から聞いた恐ろしい話の情景が、影絵芝居のように脳裏をよぎった。

『オーレリーはな、もともとわしらの仲間じゃない。 おまえと同じにな、森に兄と捨てられていたんじゃ。
 二人ともきれいな子じゃった。 それに利発で、はしこくて、どんな芸でも他の子の倍は早く覚えた。
 そうよ、盗みも人一倍、いや三倍は上手じゃったな。 これは、われらジプシーには大事なことじゃ。 誰もわれらを仲間扱いしてはくれんから。 飢え死にしかけたら、盗むしかないで。
 だが、あの兄妹は他の子とは違った。 かわいく素直に振舞っていたが、実はわれらさえ仲間と思うておらなんだ。
 あの二人には、信じられる者はお互いだけだったんじゃ』

 メイヨーは別のキャラバンにいて、オーレリーと兄のティモテを直接に見たことはなかった。
 だが、噂はたっぷりと聞いた。 絹糸のような金髪のオーレリーは、この辺りでとても好かれる北欧系の美少女だったため、綱渡りや馬の曲乗りをするたびにやんやの喝采で、地元の有力者に必ずといっていいほど宴に招かれたそうだ。
 兄のティモテも、顔立ちは妹とは違うがやはり淡い髪をした美男で、娘たちの憧れを誘ったという。 だが、二人が祝宴に参加した翌日には、必ず屋敷で金目の物が消えていた。






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